軍議
骨冥城は空にそびえる巨人めいた本丸を中心として、ぐるりと分厚い城壁が囲う形となっている。
やはり骸羅が生み出したその城壁は、当然のように種々様々な白骨を編み込んで構成されているが、同じ厚みの石材で構築した壁よりも遥かに堅牢だ。
仮に退魔巫女が千人集まったところで、この城壁を破壊するには、かなりの困難が伴うことであろう。
しかも、それだけの苦労と時間を伴いながら、術者である骸羅さえいれば簡単に復元可能なのがこの骨冥城なのだから、平城でありながら難攻不落の四文字がふさわしい城塞なのであった。
だが、かように分厚く頑丈な城壁を備えている代わり、城壁内は驚くほどに簡素なのがこの骨冥城でもある。
何しろ、巨大な本丸とその後背に設けられた社――魔界門――を除けば、物資貯蔵用に蔵を密集させた区画が存在するのみなのだ。
それ以外は、全てが空き地。
鉄壁の骨壁があるとはいえ、これは人界なら考えられない構成であった。
通常の城は、虎口や櫓門などの防御設備をいくつも備える。
城というものが単なる住居ではなく、防衛設備であることを考えれば、これはごくごく当然のことであろう。
そして、それら防衛設備におおよそ共通する特徴は……大勢が動けないよう阻害する効果を持つということ。
守り手側は、限られた人員と物資で寄せ手を防ぎ続けなければならないのだから、相手方が自由に動けなくすることで、相対的に五分以下の戦力となってもらうのだ。
それを踏まえると、この骨冥城は一度中に入ったならば、大軍が自由自在に動き放題である。
一体、どうして骸羅ほどの者がそんな城をこさえたのかと言えば、そこには、妖魔軍特有の事情があった。
20尺を超す巨体の鬼や、大岩にそのまま手足と目玉が備わったかのような無機物系妖魔など……。
種族を問わず迎え入れて構成された妖魔軍は、巨体の者もかなり多い。
そやつらが不自由なく動けるようにするとなると、どう知恵を絞ったところで、広々とした空き地を設ける以外の結論は出ないのである。
ならば、この骨冥城という施設は、頑強な城壁こそ備えど、基本の機能は居住空間や、あるいは行動拠点としてのものに集約されるか?
当然、それらの役割は果たす。
が、それ以上に大きいのが、集会所としての役割だ。
骨冥城本丸という人界進出の象徴を中心として、体格も形質も異なる妖魔たちが、一斉に集結する。
その心理的効果は、はなはだ大きい。
そして、念願の人界進出を果たした翌朝である今朝は、昨夜のうちに次元を渡り歩いてきた妖魔たちが、期待に胸を高鳴らせながら参じていたが……。
「まずは皆の者! あらためて伝えておくぞ!
天守閣に囲うたる娘――桐島舞は、我が戦勝物であり、愛玩物なり!
これに対し、害意を抱くことは、あえて許そう!
だが、それを発揮すること、決してまかりならぬ!
もし、そのような輩がいたならば、この妖魔軍総大将龍帝天凱自らが、焼き、滅ぼしてくれよう!」
天守閣から浮遊して姿を現した妖魔軍総大将、龍帝天凱が開口一番に発したのは、おおよそが予想していた方向性の斜め上へと逸脱したものなのであった。
このようなことを宣告されては、妖魔たちが抱く思いなど一つしかない。
すなわち……。
――急にそんなこと言われても。
……このことである。
そもそも、天凱が堂々たる一騎打ちであの退魔巫女を破り、自らの物としたことは見物した全妖魔の知るところだ。
その上で、あえて天凱の所有物となった娘に害をなし、龍帝の怒りを買おうとする者などこの場にいようはずもなかった。
と、いうわけで、無闇に発揮された独占欲へどう反応したものか分からず、困り果てる一同であったが……。
「――お下知は下った!
このこと、ゆめゆめ忘れることなく、各々励まれたし!
……では、天凱様。
我らが役目に励むため、まずは当面の方針をお固め下され」
ここで素早く方向性の修正に打って出たのが、自慢の翼で傍らに控える天狗――裂羽である。
彼がばさりと背中の黒翼を羽ばたかせ、同時に錫杖をしゃなりと鳴らすと、空中の天凱がうむと頷いてみせた。
主がどこかずれた方向に歩み出したならば、そっと行き先を正してやるのがよくできた従者というもの。
普段は主を持ち上げた言動の目立つ裂羽であるが、こういったところでは、正しく女房役を務めていると言えよう。
「よかろう。
だが、そのためには情報が必要だ。
裂羽よ、首尾はどうなっている?」
「ははっ!
万事、整えております!」
天凱の問いかけに答えた裂羽が、軽やかな音で錫杖を鳴らす。
すると、錫杖の先端から黒き妖気が噴出し、それは自在に蠢くと、人界特有の青き空そのものを麻紙としたかのごとく、地図へ変じていったのである。
それにしても、驚くべきはこの地図の精密さ。
縮尺が大きいため、細かな道などは省かれているが、主要な街道と思わしき道の筋や、山々の輪郭などははっきりと描かれていた。
海岸線の精緻さなど、どのような海辺であるのか、この地図を見ただけで想像がついてしまいそうだ。
妖術としては、あまりに地味。
しかしながら、これだけの大軍が動く上では、便利なことこの上ない術。
何より、地形を把握する裂羽の眼力と知見こそ賞賛に値した。
「退魔巫女共が撤退していったのは、こちら……列島の北部側でございます。
対して、我らが陣地としているこの場所は、列島の中央やや東」
裂羽の解説に合わせ、空中の大地図が様相を変える。
鹿の角を想起させる列島北部が赤く染まり、そのやや下……この黒き草原が存在するのだろう一帯を青くしたのだ。
「退魔巫女共は総出で我らの進出を抑えようとしていたようですから、全軍が撤退していった北部はまさに敵の本拠地であると考えられます。
ここをやみくもに攻めれば、損害は甚大であるかと」
「ならば、ここを拠点とし、西か東……いずれかを攻めて占領するのがよかろう。
裂羽よ。
貴様はすでに、飛び回ってあたりをつけているであろう?
意見具申せよ」
「東が容易かと。
西に比べ開発が遅れているようであり、人里は少のうございます。
まずは、抵抗の少ない方から飲み込み、足場を固めるは定石にございます。
御身が安定させて下さった魔界への門からきたる後続を迎えるためにも、さらなる拠点は必要不可欠ですしな」
「決まりだな」
天狗の若長に具申させた総大将が、にやりと口元を歪める。
これは、一種の儀式めいた余興。
おそらく、空中で語る両者の間で、最初から指針は固まっていたに違いない。
それを、こうして全軍に語り聞かせる形で告げたのは、知性低き下級妖魔にも、できる限り分かりやすく方針とその理由を伝えるためとみてよかった。
大軍を一つの生き物として成立させるには、相応の工夫が必要なのだ。
「では、東攻めは裂羽! 貴様に任せる!
――天空の暴れん坊。
その二つ名にふさわしい働きを見せよ!」
「――はっ!」
空中ゆえ膝こそつかないが、考え得る限り最も敬意に満ちた姿勢で命を受け取る裂羽である。
同時に、空中へ描かれていた大地図はかき消えた。
このように、地味であっても有用な能力を持っているから、腹心として扱われているのか?
そう問われれば、それは肯定する他にない。
だが、忘れてはならない。
妖魔とは、強さが尊ばれる生物。
単純に、強いからこそ大幹部なのだ。
――おおおおおおおおおおっ!
誰もが認める強者の出陣決定に、皆が沸き立った。
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