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落ちこぼれ退魔巫女が殿を務め囚われたら、妖魔軍総大将の龍帝に「誰にも触らせない」と独占されました。  作者: 真黒三太


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独占欲

 振り返ってみれば、妖魔が何を食べるか、どのような食文化をしているのかなど、今まで一度たりとも考えたことのない舞だ。

 ただ、考えてもみれば、それに思いを馳せるきっかけというものは、確かに存在した。


 例えば、はぐれ妖魔がおよぼす被害。

 おおよその場合、現世にやって来る妖魔というのは、なんらかの偶発的要因で発生した次元の裂け目に偶然飲み込まれてしまった個体である。

 妖魔という生き物の構成比率で考えてみれば当然であるが、そのような不幸とも言える事故に巻き込まれるのは、大半が下級の妖魔。


 孤魅九がそうであるように、人型の上級妖魔というのは、人間と同等かそれ以上に高い知性を誇るものであるが、反面、およそ人間とはほど遠い姿の下級妖魔は知性が著しく低い。

 せいぜいが獣程度であり、そういったはぐれ共が引き起こす被害というのは、人里の食糧を食い荒らしたり、野山に生きる野生動物を生息地から追い出したり、というものなのである。


 前者は分かりやすい例であるが、後者もまた、生存のため食べ物を求めた結果の行動だ。

 小鬼という例外も存在するが、妖魔というのは下級でも強力な生物であり、ヒグマをたやすく殺す。

 そのような生き物が突如として出現すると、既存の野生動物たちはたちまち食い殺され、生息地から追い出されてしまうというわけだ。

 それを察知した地元の要請に従い出撃する、というのは、退魔巫女が妖魔調伏に赴く定番である。


 話が逸れたが、つまり、妖魔というのは当たり前の野生動物や、あるいは人間と変わらぬ食性を持つ、ということ。

 これは、当然の知識として飲み込んでいながら、全く認識していない事実であった。

 で、あるから、孤魅九が供してくれた粥には、心底驚いた舞なのである。


 しかも、この粥……ただ米を煮ただけの代物ではない。

 あらかじめ白米を挽いてあり、通常のそれよりもさらに血肉としやすい割粥となっていた。

 確かに、作物としての味わいは薄いが、その心遣いと工夫が奥底のほのかな甘みを引き出しており――美味い。

 大地の恵みを感じる味であり、妖魔にもこのような食文化ともてなしの心があるのだという衝撃を、舞に与えたのである。


 とはいえ、圧倒されてばかりはいられない。

 龍帝自らが説明してくれたように、魔界の陽光を浴びて育った影響なのだろう……この米は、通常では考えられないほど舞の霊気を回復させていた。

 ちらりと目をやれば、五人の孤魅九たちは瞑目して控えており、龍帝はしみじみと粥を味わっている。

 ならば、これは――絶好の機会か!


「――ぐうっ!?」


 びきり、という痛痒が走ったのは、わずかに腰を浮かせた刹那。

 その瞬間、恐るべき力が舞の右腕を捻り上げて極め、抑え込んできたのだ。

 みしり、みしり、という音が、体の中に響き渡った。

 捻り上げられた骨が……いや、右腕の関節が、悲鳴を上げているのである。

 常人より遥かに関節の柔らかい退魔巫女でなければ、とうに右腕は使えなくなっているはずだ。


「調子に乗り過ぎ」


 耳元でささやくような、孤魅九の声。

 だが、それは背筋をぞっとさせるほどの迫力に満ちていた。

 可憐な容姿と装束に、惑わされたか。

 彼女は、忍びの喜劇役者――孤魅九。

 二つ名を持つ大妖魔が一人なのだ。


「う……うう……」


 その気になれば、骨を折るどころか、腕そのものをもぐことすらできそうな怪力が、舞を痛めつける。

 全身から嫌な脂汗が湧き出てきて、せっかく着替えさせてもらった新品の巫女装束を湿らせた。

 背後から、にい、と口元を歪める気配。

 いよいよ力を強め、関節を破壊しようとしているのだ。


「孤魅九、やめよ」


 力の加わりが、ぴたりと止まる。

 だが、止まっただけだ。

 力を抜かれたわけではない。


「く……ふう……」


 呼法というものを姉から叩き込まれている舞の息が、おかしな形に乱れた。

 今の自分は、悪童に弄ばれる蛙のような無様さであるに違いないが……。

 そんな己を挟んで、無形の圧力がぶつかり合う。

 龍帝と孤魅九が、睨み合っているのだ。


「孤魅九、お前だから警告で済ませている。

 ……手を離せ。

 貴様、オレを怒らせたいか?」


 バチリ、と、龍の双角から紫電が迸った。

 龍帝の怒りが、そのまま攻撃的妖術として漏れ出しているのである。


「……っ!」


 ぎりり、という奥歯が軋む音を聞いたのは、舞にとって人生初めてのこと。

 舞を押さえつけている妖魔の娘は、それほどの怒りを我慢しているのだ。

 いや、きっと、己の意志だけで抑制できるものではあるまい。

 主の命があるからこそ、舞の破壊を堪えているのである。

 それはつまり、再三の強い命令があれば、どうにか堪忍できるということ。


「やめよ、孤魅九」


「……」


 すうっ……と。

 背後で膨れ上がっていた怒りが霧散し、舞を抑えつける力も抜ける。


「――くは」


 それで、腕ばかりか全身の動きを止められていた舞は、ようやく自由を取り戻した。

 自由を得て、反射的に行ったのは、背後を振り返ること……。


「――っ!」


 それで、息を呑んだ。

 自分から手を離し、後ろに立つ孤魅九の姿は、先までと異なるものだったのである。


 瞳孔は、縦一文字のそれとなっており……。

 頭頂部から髪と一体化するように生え出しているのは――狐耳。

 狐の特質を備えているのは、瞳と獣耳だけではない。

 むしろ、これこそが最大の特徴。

 果たして、これは尻から生え出しているのだろうか?

 孤魅九の背では、ふさふさして巨大な狐の尾が九本、独立した生き物のように蠢いているのであった。


 忍びの喜劇役者――孤魅九。

 その正体は、妖狐だ。


「孤魅九よ。

 先ほど着替えさせた時のように、オレが意思の下で行うならば、それは当然のこととして許容しよう。

 だが、それ以外の理由で舞に触れることは、いかなる妖魔とてまかりならぬ。

 ましてや、ほんのわずかにでも害そうなどというのは、言語道断。

 ここでオレがお前を焼かなかったのは、日頃の働きがあったればこそ。

 また、此度の一件を踏まえてなお舞の世話を継続させるのは、お前に対する信頼と期待の表れであると心得よ。

 ゆめゆめ、オレの期待を裏切るでないぞ?

 よいか? よいな?」


「……はい」


 会釈した孤魅九の体から、狐を想起させる特徴の全てがかき消える。

 それは、妖気を抑え込むというよりは、感情……。

 いや、自分自身を抑え込んでいるかのような姿であった。


「今一度、皆に対し宣言せねばならぬな。

 舞はオレの女であり、何人たりとも触れることはあたわずと」


 食し終えた茶碗に手を合わす龍帝が、独り言のようにつぶやく。

 どこか、異常なまでの執着心。

 分からないのは、それを恐れるでもなく、いぶかしむでもなく、ややの嬉しさを感じている自分自身……。


 お読み頂きありがとうございます。

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