発車のベル(抜粋)
石造りのアーチが幾重にも続く、首都中央駅の大広間。
高い天井には朝の光が差し込み、騒がしくもどこか晴れやかな音が交錯していた。
重たいチェロやコントラバスが駅員たちの手で荷物車へと積み込まれ、楽団員たちはそれぞれの楽器ケースを抱えてホームへと急いでいた。
遠くから見れば、ただの喧騒にしか聞こえないだろう。
だが、そこにいた者たちにはわかっていた――これは旅立ちの音楽だ。
誰もが、これから始まる演奏旅行の高揚に胸を踊らせていた。
制服に身を包んだ楽団の若者たちの中に、あの少年と少女の姿があった。
少年は黒い革の小さなトランクに楽譜を詰め、右手には手入れの行き届いた小さなカバン。
少女はヴァイオリンケースを背に背負いながら、駅の天井を見上げていた。
汽笛が鳴った。
列車がゆっくりと動き出す。
楽団のメンバーたちはホームの友人や家族に手を振る。
彼女と彼もまた、両手で大きく手を振った。
けれど、その視線の先には誰の姿もなかった。
ただ、誰かに届くことを願うように、遠くへ向かって手を振っていた。
恋人ではない。
ただの仲間。
でも、演奏という一つの言語でつながった、無二の共犯者たち。
窓越しに見えた彼女の笑顔は、どこか幼さを残しながらも、演奏の場で見せる表情とはまた違うものだった。
彼はそれに気づいたが、何も言わなかった。
汽車は加速していく。
ホームが遠ざかる。
楽団の誰かが、旅先の演奏地について冗談を飛ばした。
笑い声が響く。
いつもの、音楽学生たちの日常の風景。
けれどこの旅のあと、
彼らの中には二度と戻らなかった者もいた。
そして――
このとき乗った列車こそが、彼と彼女を**“音楽を運ぶ者”から、“音楽そのものになる者”へと変えていく旅路の始まり**だった。