証言録 第二十一節
> ――第7野戦外科施設所属 看護兵補 マリー・クロイツフェルトの証言(戦後聞き取り記録・未公開)
私がこの戦争に来たのは、志願でした。
小さな村で祖母が助産師をしていて、その姿を見て育ちました。
だから、誰かの命のそばにいる人になりたいって……そう思ったんです。
でも、ここに来てすぐ、それがどれだけ甘い考えだったか思い知らされました。
最初の日、何人もの兵隊さんが血まみれで担ぎ込まれてきました。
腕のない人。顔の半分が吹き飛んだ人。
骨が皮膚の外に飛び出しているのを見て、私はその場で嘔吐しました。
それからは、もう何もかもが手に負えなかった。
叫び声と泣き声と、意味のわからないうわ言。
ベッドの柵にしがみついたまま死んでいく兵士。
「お前が殺した」って目で私を見ていた。
私は、看護兵になった時の希望なんて、忘れてしまっていました。
希望だけじゃありません。
自信も、誇りも、自分という存在そのものが、泥と血に溶けて消えていくようでした。
血だらけのシーツを洗いながら、吐き続けて、泣き続けて。
腕に力も入らなくなって、何度もその場から逃げようと思いました。
軍医の少佐は厳しくて、でも目は優しかった。
同僚のアンネリースさんも、よく叱ってくれました。
でもそのときの私は、それすら重たくて苦しくて。
そんなときでした。
音楽が――聴こえてきたんです。
最初は誰かがラジオをつけたのかと思いました。
でも、ここにはラジオなんてない。
どこからともなく、とても静かで、それでいて強い音楽が流れてきたんです。
ヴァイオリンとピアノ。
それが、病室の中をすうっと流れていって、
あんなに泣き叫んでいた兵士たちが……静かに、穏やかに、微笑んで、息を引き取っていった。
アンネリースさんの証言にあった通りの光景でした。
だけど――私には、別の変化が起きました。
その旋律を聴いているうちに、
私は看護兵になろうと決めた日のことを思い出したんです。
村の診療所で、赤ん坊を取り上げる祖母の手。
母が私の額に当ててくれた冷たい手。
そして、小さな自分が「いつか人の命を守る人になりたい」と日記に書いたこと。
涙が止まりました。
嘔吐も、止まりました。
ただ、そこにいていいと、ようやく思えたんです。
あの音楽は、魔法だったのかもしれません。
でも私にとっては――**「私自身を取り戻す鏡」**だった気がするんです。
あの日から私は、もう逃げたいと思わなくなりました。
苦しくても、怖くても、
私はあの音に背中を押されたまま、今も、誰かの命のそばに立っています。