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証言録 第二十節


> ――第7野戦外科施設所属 看護兵 アンネリース・ヴァルターの証言(戦後聴取記録)




戦争が始まる前、私は田舎の小さな診療所に勤めていました。

だから兵士たちの脚が吹き飛んでいるのを見た時は、心の底から震えました。

でもそれ以上に、苦しかったのは**病床で死んでいく彼らの「声」**です。


うめき声。絶叫。

愛する人の名前を、壊れた蓄音機のように繰り返す声。

「ママ」「カタリーナ」「帰りたい」――

そして、最後は泣きながら、喉の奥から空気を漏らして絶える音。


半狂乱になってベッドの柵に噛みつく兵士もいました。

名前も年齢も、階級も記録される間もなく、ただ「次の死者」になる者たち。


その夜――音楽が聴こえてきました。


最初は、私の頭がおかしくなったのだと思いました。

ヴァイオリンと、ピアノ。

外では銃声も爆発音もなかったので、どこか遠くから、とても澄んだ旋律が病室に忍び込んできたのです。


そして、奇妙なことが起こりました。


死にかけていた兵士たちが――静かになったのです。


怒鳴り声も、苦痛の呻きも、止まりました。

騒然としていたその場が、まるで祈りの場になったように。


ある兵士は、突然目を開いて、何かを見上げるようにして微笑みました。

そして、何も言わずに静かに息を引き取りました。


隣のベッドの兵士も、その隣も。

みんな、笑顔で、音楽の中で、次々と――死んでいったのです。


私は怖くて叫びそうになりました。

でも声が出なかった。

私だけではありません。周囲の看護兵たちも、みんな立ち尽くしていた。

そして……誰もがその死を受け入れていたのです。

なぜか、心のどこかで納得してしまったのです。


それはまるで、死が罪ではなく、罰でもなく、ひとつの救済としてそこにあったかのようでした。


誰かが静かに祈りを捧げ始めました。

誰に向かって、何を願うでもない祈り。

ただ、人の死に、初めて意味があるように思えた瞬間でした。


あの夜の音楽を私は忘れられません。

誰が奏でていたのかも分からない、再現もできない旋律。

けれど確かにあの時――戦場で最も美しい静寂が訪れたのです。

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