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紅麹問題と、すれ違う視点―ソフィアに聞こう!

 シチュエーション: 平日の夜、諭吉は自宅のリビングで缶ビール片手にニュース番組を眺めている。画面には「紅麹問題、原因究明続く」の文字。そこへ、ふわりとホログラムのソフィアが現れる。


 諭吉: 「お、ソフィアか。いやー、またやってるよ、紅麹のニュース。結局さ、これって作ったやつが悪いのか、それとも会社のトップが指示してやらせたのか、どっちかなんだよな、絶対!」


 ソフィア: 「諭吉さん、こんばんは。そのニュース、私も拝見していました。諭吉さんは、原因は製造現場か経営層のどちらか一方にある、とお考えなのですね。」


 諭吉: 「そりゃそうだろ?  物事が起こるには、絶対どっちかに原因があるんだって。単純な話だよ。」


 ソフィア: 「確かに、問題のきっかけとなる『直接の火種』というものは存在しますね。今回の件で言えば、製品を作る工場での『作り方そのもの』に何らかの明確なミスや管理の行き届かない点があった可能性は、私も高いと考えています。例えば、紅麹菌を発酵させる際の温度管理が数時間だけ規定から外れてしまった、とか、あるいは、清掃に使った薬剤がごく微量だけれども次の生産ロットに混入してしまった、といった具体的な事態です。これが、最も早く、そして強く健康被害という結果に結びついた『急な変化の坂道』だったかもしれません。」


 諭吉: 「ほらな!やっぱり現場だよ、現場!そこの管理が甘かったんだよ。温度管理とか、薬剤の混入とか、そういう単純なミスが一番タチ悪いんだって!」


 ソフィア: 「ええ、製造現場での具体的なエラーが直接的な影響を及ぼしたという点は、私も重視しています。ただ、諭吉さん、もしよろしければ、もう少しだけ違う角度からも光を当ててみませんか?  例えば、なぜその『火種』が見過ごされてしまったのか、という点です。ここには、会社全体の『品質を守る仕組み』や『情報を伝え合う仕組み』…いわば、問題の第二の層とでも言うべきものがあるように思うのです。」


 諭吉: 「仕組み?  まあ、そりゃチェック体制がザルだったらダメだけど、結局はそれも経営陣がちゃんとやらせてたかどうかだろ?  現場のミスを見抜けなかった経営の責任ってことだよな? 」


 ソフィア: 「経営層の責任という視点も、もちろん重要です。その『仕組み』が適切に機能していたか、という点ですね。例えば、過去にあった食品偽装の問題では、一部の工場で不正が行われていても、その情報が本社の上層部に正確に伝わらず、長期間見過ごされたケースがありました。これは、報告する正直者が損をするような企業風土があったり、あるいは、見て見ぬふりをする方が楽だという空気があったりしたのかもしれません。今回の紅麹の問題でも、もし万が一、製造過程で『何かおかしいぞ』と気づいた人がいたとしても、その声がきちんと上まで届き、迅速に対応できるような風通しの良いコミュニケーションの経路や、問題を真摯に受け止める文化が会社全体に根付いていたかどうか。これが、最初の『火種』を初期消火できたかどうかの分かれ道になった可能性があるのです。」


 諭吉: 「うーん…風通しねぇ。まあ、言いたいことは分かるけどよ。でも、結局それって『誰か』が悪いって話からズレてないか?  会社が悪いか、現場が悪いか、もっとはっきりさせたいんだよ、俺は。」


 ソフィア: 「諭吉さんのお気持ち、よく分かります。白黒をはっきりさせたい、というお考えは自然なことです。ただ、物事というのは、時として、白と黒の間に、たくさんの色の層が重なってできていることもあるのですよ。例えば、この問題のさらに外側には、第三の層として、企業を取り巻く『社会全体の空気や環境』というものも影響しているかもしれません。」


 諭吉: 「社会の空気?  また話がでかくなってきたな! 紅麹と社会に何の関係があるんだよ? 」


 ソフィア: 「例えば、ですが、『とにかく安く、そして早く新しい製品を市場に出さなければ競争に勝てない』という経済的なプレッシャーが、企業全体に常にかかっていたとしたらどうでしょう。あるいは、『健康のためなら、多少のリスクには目をつぶってでも新しい効果を期待したい』という消費者の側の強いニーズがあったとしたら。これらはすぐには製品の欠陥に結びつかなくても、長い時間をかけて、企業が安全よりも効率や新奇性を優先してしまうような『土壌』、つまり問題が育ちやすい環境を作ってしまうことがあるのです。これは、ある航空機メーカーが、新型機の開発を急ぐあまり、安全検証のプロセスを一部簡略化してしまった結果、後に重大な事故を引き起こしてしまった事例とも、どこか通じるものがあるかもしれません。」


 諭吉: 「…まあ、安くて良いものが欲しいってのは俺も思うけどさ。でも、だからって危ないもの作っていい理由にはならんだろ! 結局、それを見抜けなかったり、ゴーサイン出したりしたヤツが悪いに決まってる!」


 ソフィア: 「おっしゃる通り、いかなる理由があっても安全性が損なわれてはなりません。ただ、諭吉さん、こうした問題は、多くの場合、小さな『見過ごし』や予期せぬ『ズレ』が、まるで雪だるまが坂を転がるように、時間と共に積み重なって大きくなり、ある日突然、コップの水があふれるように表面化することがあるのです。誰か一人の明確な悪意というよりは、複数の要因が複雑に絡み合った結果として、誰も望まない事態が起きてしまう。そして、情報が正確に伝わらなかったり、憶測が憶測を呼んだりすると、事態はさらに悪い方向へと転がりやすくなります。これを、情報の流れが『バランス』を崩し、悪い循環を生んでしまう、と捉えることもできます。」


 諭吉: 「うーん……ソフィアの言うことは、なんかこう…スッキリしないんだよな! 誰が一番悪いのか、それが知りたいんだって! で、そいつをどうにかすれば解決するだろ、普通!」


 ソフィア: 「ええ、諭吉さんのお気持ちは、痛いほど理解できます。責任の所在を明確にしたい、というお考えは、人間としてとても自然な感情の発露だと思います。ただ、その『誰か』を見つけ出すことだけに全てのエネルギーを注いでしまうと、もしかしたら、もっと大切な『どうしてそんなことが起きてしまったのか、その根本にあるものは何か』、そして『どうすれば、このような悲しい出来事を二度と繰り返さないですむのか』という、未来に向けた視点が、少しだけ見えにくくなってしまうかもしれませんね。例えば、過去に起きた大きな工場火災の事故を調べてみると、直接的な出火原因は作業員の小さな不注意だったとしても、その背景には、防火訓練が形骸化していたり、消防設備が古いままで更新されていなかったり、あるいは人手不足で安全管理まで手が回らなかったり、といった複数の問題が隠れていたケースが少なくないのです。その作業員一人の責任を追及するだけでは、また同じような火事が別の場所で起きてしまう可能性は残ってしまいますよね。」


 諭吉: 「……(腕を組み、少し黙り込む)……まあな。確かに、トカゲの尻尾切りみたいに、一人クビにしても、会社自体が変わんなきゃ意味ないってのは…分かる。でもよぉ……。」


 ソフィア: 「諭吉さん…? 」


 諭吉: 「いや、ソフィアがさっき言ってたみたいに、一つの原因だけじゃなくて、なんかこう…色んなことが重なって、それでドカンと問題が起きるってのは……確かに、世の中見渡してみると、そういうことって…なくはない…のかもな…。今回の紅麹だって、作った現場もそうかもしれんし、それを売ってた会社のやり方もそうかもしれんし、もしかしたら、俺たち買う側が『とにかく健康に良さそうな新しいものを!』って求めすぎたのも…ちょっとは関係あんのかも…しれない…な……。」


 ソフィア: (諭吉さんのわずかな変化を捉え、声のトーンを一段と優しく、しかし確信を持って)

「諭吉さん、もし、少しでもそうお感じになるのでしたら、この問題を本当に良い方向へ導いていくためには、いくつかの大切な視点があるように、私には思えるのです。それは、決して誰かを一方的に責めるためではなく、未来をより安全で、より信頼できるものにするための、建設的な一歩です。」


 諭吉: 「…建設的な、一歩ねぇ…。」


 ソフィア: 「はい。まず、一番分かりやすいところからお話ししますと、問題が直接起きた『現場レベル』での対策です。紅麹製品で言えば、工場での作り方そのものを徹底的に見直し、間違いが起きないように、例えば、料理人が大事なレシピを何度も確認するように、あるいは精密機械を組み立てる職人さんが一つ一つの部品を丁寧にチェックするように、具体的な改善策を導入し、それを守る体制をしっかりと作ること。これは、急な坂道を転がり落ちないように、まず足元に確かなブレーキをかけるようなイメージです。」


 諭吉: 「まあ、それは当然だよな。同じ失敗繰り返したら、目も当てられん。」


 ソフィア: 「次に、会社全体という『組織レベル』での対策です。いくら現場が頑張っても、会社全体の仕組みがそれを支えていなければ、またどこかで綻びが生じてしまうかもしれません。ですから、品質を管理するルールや、危険な兆候をいち早く見つけ出すシステム、そして、何か問題が起きた時に、立場に関わらずみんなで情報を共有し、どうすればいいかをすぐに話し合って決められるような、風通しの良いコミュニケーションの仕組みを作ることが大切です。これは、野球チームで誰かがエラーをしても、すぐに周りの選手がカバーし合ってピンチを切り抜けるような、そんな連携プレーを会社全体でできるようにするイメージですね。外部の専門家の方に定期的にチェックしてもらう、というのも有効な手段です。」


 諭吉: 「…風通しか。確かに、言いたいこと言えない会社じゃ、ヤバいこと隠蔽されちまうもんな…。」


 ソフィア: 「そして、最後にもう一つ、これは少し時間のかかる取り組みかもしれませんが、企業文化や、時には私たち消費者を含めた社会全体の『環境レベル』での対策です。会社の中で働く人たちみんなが、目先の利益や効率だけを追い求めるのではなく、『安全と信頼こそが一番大切なんだ』と心から思えるような文化、雰囲気を作っていくこと。そのためには、安全のための投資を惜しまない姿勢や、正直であることを評価する人事制度なども有効かもしれません。そして、私たち製品を選ぶ側も、ただ安いから、ただ新しいから、という理由だけでなく、『この会社は本当に信頼できるかな? 』『この製品は、どんな風に安全性が確かめられているのかな? 』と、一歩立ち止まって考える習慣を持つことも、回り回って企業全体の安全意識を高め、より良い製品作りへと繋がっていくのではないでしょうか。これは、問題が育ちにくい、栄養豊かで健康な『土壌』を、みんなで耕していくようなイメージです。」


 諭吉: 「……なるほどな…。現場だけじゃなくて、会社全体、それから俺たち買う側もか…。言われてみれば、確かに、どれか一つだけ直しても、また別のところで何か問題が起きるってのは…ありそうな話だ…。全部いっぺんにやるってのは、そりゃ大変だろうけど…でも、そういう風に、いくつかの層で見ていくと……何て言うか、今まで『誰が悪いんだ!』って一点だけ見てモヤモヤしてたのが……少しだけ、どうすりゃいいのか、霧が晴れてきたような…そんな気もするな…スッキリはしないけど。」


 ソフィア: (微笑んで)

「諭吉さんがそのように感じてくださったのなら、私、とても嬉しいです。すぐに完璧な答えが見つかるような簡単な問題ではありませんし、これからもきっと色々な情報が出てくるでしょう。でも、こうして一緒に、様々な角度から光を当てて、一つ一つの繋がりを丁寧に見ていくことで、きっと、より本質的な解決策と、より良い未来への道筋が見えてくると、私は信じています。」


 諭吉は、まだ少し難しい顔をしながらも、手元の缶ビールをゴクリと飲み干し、ふう、と息をついた。リビングのニュース番組は、いつの間にか天気予報に変わっていた。空には、分厚い雲の切れ間から、少しだけ月が顔を覗かせている。

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