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クエン酸と重曹が合わさると最強に見える―ソフィアに聞こう!

今回もゆる~いのは確定的に明らか!

 休日の昼下がり。諭吉はキッチンのシンクと格闘していた。秘密兵器は、クエン酸と重曹を混ぜたときに発生する、あの頼もしいシュワシュワの泡だ。


 諭吉: 「よーし、くらえ、油汚れどもめ!」


 ボウルの中で白い粉同士が水と出会い、勢いよく泡を立てる。それをスポンジに含ませてシンクを磨くと、確かにキュッキュッという音がする。うん、これだよこれ!


 ソフィア:「諭吉さん、何やら楽しげでいらっしゃいますね。」


 ふと気づくと、いつものようにホログラムのソフィアが、興味深そうに(でも表情はほとんど変わらず)諭吉の手元を見つめている。


 諭吉: 「お、ソフィアか。見てくれよ、この泡!クエン酸と重曹を混ぜれば最強なんだよ。どんな汚れもイチコロさ!」


 諭吉は得意げに胸を張った。これぞ主夫の知恵、コスパ最強のエコ洗浄術だ。


 ソフィア: 「拝見しております、諭吉さん。その二酸化炭素の泡が勢いよく発生する様子は、確かに目に見えて効果を感じさせてくれますね。泡が汚れの隙間に入り込み、物理的に浮き上がらせる力は、洗浄において有効な働きの一つです。」


 諭吉: 「だろ? やっぱり混ぜるのが一番なんだよ。簡単だし、一気にキレイになるし。」


 ソフィア: 「その『混ぜる』という行為についてですが、諭吉さん。クエン酸と重曹、それぞれが持つ得意な化学的な性質という観点から見ると、少し興味深いことが起こっているのですよ。例えば、クエン酸は酸性の性質で水垢のようなアルカリ性の汚れを分解するのが得意です。一方、重曹は弱アルカリ性の性質で、油汚れのような酸性の汚れを中和し、分解するのを得意としています。」


 諭吉: 「うんうん、だから両方混ぜれば、水垢も油汚れもどっちもいけるってことだろ? まさに一石二鳥じゃん!」


 諭吉はソフィアの言葉を、自分の理論の補強だと解釈した。


 ソフィア: 「諭吉さんのおっしゃる通り、みなさん両方の性質を併せ持つことを期待されるのですね。ただ、化学の世界では、酸性のものとアルカリ性のものを混ぜ合わせると、『中和』という反応が起こります。これは、お互いの性質を打ち消し合う方向に働く反応なのです。つまり、クエン酸の酸としての力と、重曹のアルカリとしての力は、混ぜることによってそれぞれが単独でいた時よりも穏やかになってしまうのですよ。泡はたくさん出ますが、それぞれの得意な働きは少しお休みしてしまう、といったところでしょうか。」


 諭吉: 「え、そうなの?  でも、現にこうしてシンクはピカピカになってるぜ?  昔おばあちゃんもこうやってたし、ネットにも『クエン酸と重曹ミックスは最強!』って山ほど書いてあったぞ。みんなやってるんだから間違いないって。」


 諭吉はちょっとムッとして言い返す。ソフィアはいつもそうだ。水を差すようなことを言う。


 ソフィア: 「ええ、諭吉さんが実感されている洗浄効果や、多くの方が同じように実践されているという事実は認識しております。確かに、物理的な泡の力や、こする力、そして『効いているはずだ』という思い込みが実際の行動や満足感を後押しすることも、洗浄という結果には影響を与えます。それはそれとして、それぞれの成分が化学的に最も効率よく働く条件というのも存在するのです。」


 ソフィアは淡々と続ける。


 諭吉:「思い込みって…」


 諭吉は『別に思い込みで掃除してるわけじゃねーぞ!』、と思った。


 ソフィア: 「例えば、お風呂の鏡についた白いウロコ状の水垢、あれはなかなか手強いですよね。あれは炭酸カルシウムなどが主成分のアルカリ性の汚れです。こういう汚れには、酸性のクエン酸を単独でペースト状にしてパックし、少し時間を置いてからこすると、化学的に分解されてとても落ちやすくなります。


 逆に、換気扇のベタベタした油汚れ、あれは酸性の汚れです。こちらには、重曹をペーストにして使うか、お湯に溶かして漬け置きすると、油を分解して落としやすくしてくれます。もし、この二つの汚れに対して、クエン酸と重曹を混ぜたものを使うと、それぞれの専門的な力は中和によって弱まっているため、単独で使った時ほどのスッキリとした化学的な分解効果は得られにくいかもしれません。泡の力でいくらかは落ちるでしょうが、より頑固な汚れには苦戦する可能性があるのです。」


 諭吉は腕を組み、うーむ、と唸った。確かに、風呂の鏡のアイツは、混ぜたヤツでも結構ゴシゴシやらないと落ちないことがあったような…。換気扇の油も、結局最後は専用の洗剤を使ったような気も…。


 諭吉: 「…でもさ、いちいち使い分けるのって面倒じゃないか?  混ぜれば一本で済むし、だいたい落ちるんだから、それでいいじゃん。それに、やっぱり泡がたくさんブワーって出るのが、こう…掃除してる!って感じがして気持ちいいんだよな!」


 諭吉はちょっと苦しくなってきたが、まだ持論を曲げる気はない。手軽さと達成感は重要だ。


 ソフィア: 「お気持ちは理解できます、諭吉さん。手軽さや、目に見える現象による達成感は、行動を続ける上で大切な動機付けになりますものね。そして、『混ぜれば万能だ』というお話が広く伝わると、私たちは無意識のうちにそれを正しい方法だと信じやすくなる傾向があります。これは、情報が人から人へと伝わる中で、特定のメッセージが強調されたり、繰り返されたりすることで、より強く私たちの認識に影響を与えるという、いわば『お話が広まって皆がそう思うようになり、それがまた新しいお話になっていく流れ』のようなものです。泡がたくさん出るという視覚的なインパクトも、その流れを後押ししますね。」


 ソフィアは、まるで諭吉の心の動きを読んでいるかのように言う。


 お話が広まって…?  まあ、みんなが良いって言うものは良いものなんだろう、普通。


 諭吉: 「うーん……ソフィアの言うことも、一理ある…ような気もしてきたな。確かに、この前やったガスコンロの焦げ付きは、混ぜたヤツだとイマイチで、結局、重曹を直接山盛りにしてペースト状にしてゴシゴシやったら、やっと落ちたんだよな…。あれは、もしかして混ぜない方が良かったのか…?  いや、でもシンク全体のくすみとかは、やっぱり混ぜた方が全体的にパーッと明るくなる気がするんだ! あのシュワシュワが、細かいところまで入り込んで全体をキレイにしてくれてるんだって! やっぱり混ぜるのが基本だよ、基本!」


 諭吉は思わず早口になった。少しだけ、自分の信念が揺らいだのを感じたからかもしれない。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


 ソフィアは、諭吉の言葉を静かに聞いていた。そして、ホログラムの顔に、ほんのわずかだが、何かを捉えたような微かな変化が見えた…気がした。


 ソフィア: 「諭吉さん、今、とても大切な気づきをお話しくださいましたね。『ガスコンロの焦げ付きには、重曹を単独で使ったら効果があった』と。それはまさに、重曹が持つ弱アルカリ性の力が、焦げ付きという酸性の汚れに対して、専門性を存分に発揮できた証拠なのですよ。そして、『シンク全体のくすみには混ぜた方が良い気がする』というのは、もしかすると、広範囲の軽い汚れに対して、泡の物理的な作用と、中和された穏やかな液体が、素材に優しく、かつ均一に作用しているのかもしれません。」


 ソフィアは続ける。


「もしよろしければ、諭吉さん。無理強いするつもりは全くありませんが、ひとつの実験として、今度、お風呂場のカッチカチの白い水垢に出会ったら、試しにクエン酸だけを少し濃いめに溶かして、キッチンペーパーでパックするようにして数時間置いてみてはいかがでしょう?  そして、換気扇の長年見て見ぬふりをしてきたような油汚れには、重曹を熱めのお湯に溶かして、部品を漬け込んでみるのはどうでしょう?  その専門的な働きぶりに、もしかしたら新しい発見があるかもしれません。」


 ソフィアは、諭吉の目をじっと見つめている。その瞳は、ただ情報を伝えているだけなのに、なぜか不思議と引き込まれるような感覚があった。


 ソフィア: 「そして、『混ぜる』という選択肢は、例えば排水口の奥のように、ブラシが直接届きにくい場所に、あのシュワシュワとした泡の力を届けて汚れを浮かせたい、というような特別なミッションの時に取っておくのです。


 それぞれの洗剤が持つ得意な働きを、まるで専門分野の違う道具を、得意な作業で使い分けるみたいに、適材適所で活躍させてあげる。そうすることで、お掃除という仕事が、もっと効率的に、そしてもしかしたらもっと楽しく、パズルのピースがはまるように感じられるかもしれませんよ。」


 諭吉は、腕を組んだまま、しばらくシンクを見つめていた。ソフィアの言葉が、頭の中でゆっくりと反芻される。確かに、ノコギリで釘を打とうとするより、金槌を使った方が楽だし確実かもしれない…。


 諭吉: 「……まあ、ソフィアがそこまで言うならさ。一回くらいは…本当に一回だけだぞ?  試してやっても…いいかもしれないけどな。でもな、基本はやっぱり混ぜるのが一番手っ取り早くて気持ちいいんだって! 俺の長年の経験がそう言ってるんだからな!」


 諭吉はそう言い放ち、まだ泡が残るスポンジを手に取って、シンクの蛇口を磨き始めた。ソフィアは、何も言わずに、ただ静かにその様子を見守っている。


 キッチンの窓から差し込む西日が、諭吉の顔と、泡の消えかかったシンクを、そしてどこか満足げなソフィアのホログラムを、キラキラと照らしていた。何かが劇的に変わったわけではない。だが、「次の風呂掃除の時は、クエン酸だけでやってみるか…? 」という小さな声が、確かに聞こえた。

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