幸福
僕はこうしてあなたのことを想っているだけで幸せなのです。
僕は何の変哲も無い人間です。市井の芥に埋もれた、地味で平凡な男です。自営なので、日中はこうして比較的自由に過ごすことができます。日々、特段変わったことがあるわけでもありません。僕が詩や物語を書くのは淡々とした日常から離れたいからではなくて、むしろ平凡で落ち着いた生活をより深く味わうためです。僕は観光に出かけて見知らぬ風景の中に身を置くよりも、固く絞った雑巾で毎朝同じ床を磨き上げる方が好きです。
あなたに僕が惹かれるのは、あなたの言葉のひとつひとつにあなたの心臓の鼓動や皮膚の温もりが感じられるからです。あなたの言葉が鼓動や体温を持っているのは、あなたの言葉が誠実だからです。誠実な言葉は誠実な人間からしか生まれません。あなたはなにものにもかえがたい美しい心を持っています。僕はあなたに強く惹かれます。
「誠実」は決して派手な美徳ではありません。毎日心を込めて磨いてこそはじめてしっとりとした深い艶が出るのだと、僕は思います。おそらくあなたは全力で人を信じてきたのでしょう。毎日心を込めて人を信じた人の心の中にしかないものが、あなたの言葉の中にはあります。
そんなあなたの言葉を、僕は愛しています。
あなたは既にご存知のはずです。僕たちは言葉で出会い、言葉の中に生きる。あなたの言葉の中に僕が、僕の言葉の中にあなたが生きている。言葉の中で、僕たちは自由に会うことができることを。
美しい魂に触れたいと願う時、僕はあなたの言葉に会いに行きます。美しい想いを抱きたいと願う時、僕はあなたの詩に会いに行きます。そしてあなたの綴ったフレーズを口ずさみ、あなた胸から溢れ出た物語をこの胸に抱きしめ、一つに溶け合う。それが僕の幸せです。
どうかこれからも僕があなたの言葉によって幸福であることをお許しください。