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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編
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ミリザの章4 森の精霊

 ガスロンから借り受けてきた資料はかなり朽ちており、ところどころ判別できない部分もあった。文字の多くは旧字体で書かれ、表現も難解である。ミリザの知識をもってしても読み進めることは困難であったが、なんとかコンラッド大森林に関する記述を見つけることができた。


 判明したのは以下のことである。


 ①コンラッド大森林には≪森の精霊≫なる部族が棲んでおり、過去においてリンド村住民と交流があった。

 ②リンド村住民は森の精霊を崇め、その証として彼らにミタマを差し出した。

 ③ミタマは森の精霊の力となり、森の精霊はその力でリンド村を守護した。

 ④役目を終えたミタマはコンラッド大森林にある精霊の墓に眠っている。


「記載内容はおよそ三百年も前のことで、聖魔戦争以前のことみたい。森の精霊とやらはもうとっくに滅んでいると考えるのが自然でしょうね。まだ生存しているのなら村長が知らないはずはないでしょうし」

「精霊の墓ってのがつまりは移設先ということか」

「そうみたいね。その正体は不明だけど。彼らを崇めていたと書いてあるから、何かしら超常的な力を持っていたのかもしれない」

「それで、ミタマとやらを差し出して村を護ってもらっていたと。なんか妙ちくりんな宗教のようなきな臭さを感じるな」

「しかしミタマとはなんでしょう」

「村の特産品か何かか?」

「さあ、それはこの資料からはわからない。名前だけで詳細な説明がないもの」


 翌日、ミリザたちは資料の記載内容について村人たちに聞き込みを行ったが、案の定、めぼしい成果は得られなかった。墓の移設に反対していた住民たちにも話を聞いたが、彼らも移設の件が持ち上がって初めてコンラッド大森林にリンド村と関わりのある部族の墓が存在していたことを知ったそうだ。


「結局、誰も何も知らんということか」

「森の墓は村から結構な距離があり、移設したあとはほとんどの住民が墓参りにも行っていないそうです」

「距離が離れれば心も離れるというわけだな」

「村の利益のためにあえて遠ざけたのですから、その罪悪感もあるのかもしれませんね……」


 ユーリは他にも何か言いたそうにしている。


「意見があるなら遠慮なく言っていいのよ」

「は、はい。思ったのですが……これは魂が関係しているのではないでしょうか」

「魂?」

「これはゲネス教の考え方なのですが、魂は人間の不滅の本質であって、死後も失われることはないそうです。それが仮に事実であれば、魂というものが現世をさまよっていたとしても不思議ではないのかと」


 ゲネス教はアルケイア魔導王国と対立しているコーデリアス神聖帝国の国教である。ユーリが言いづらそうにしていたのも頷けるが、それは意外に真実を突いているのかもしれない。ゲネス教は王国でこそあまり広まってはいないが、アルカロンドにおいてはもっとも多くの信者を獲得している宗教である。


 王国で盛んなのは魔女信仰、あるいは古竜信仰であり、どちらも純粋に対象を崇めるだけで、魂や死後の世界について言及されることはない。王国の民は総じて現実主義的な傾向があり、死後に幸福になっても意味がないと考えているのだ。それゆえに、最近では魔動エネルギーに象徴される科学を新たな神として崇めるものも出てきているらしい。


 ミリザは宗教などというものは人心を掌握するための道具であり、その教義はある種の方便にすぎないと考えていたが、ゲネス教が帝国において爆発的に広まったのはその教えのなかに一片の真実があるからではないだろうか。


「死後の魂の行方については、善行を積んだものは神のおわす天上へと昇り永遠の幸福を与えられ、悪行を積んだものは地獄へ墜ち永遠の罰を受けると言われています。ですが、ひとの人生というものは単純な善悪では測れないと思います」

「つまり、どちらにも行けない魂が存在すると」

「おかしな考え方でしょうか」

「そんなことはない」


 それは充分に考えられることだ。死後の魂がどこにも行けずに現世をさまよっているのなら、親しいひとの前に生前の姿となって現れるのも道理と言える。遥か昔に失われてしまったとされる≪闇の魔法≫には死者の魂を利用するものがあったと聞く。


 ≪死霊使い≫とは過去に存在したとされる闇の魔法を操る者のことをそう呼んだのだが、現在においてはその存在は確認されておらず、もっぱら創作物の中に登場するのみである。それでも魔導学院は資料にその名を記載していた。それはつまり、魔導学院においてはそれは単なる伝承ではなく、事実として扱われているということだ。


「魂ね……」


 ミリザは呟く。


 魔法は現実を改変する力であるという。


 その心は、多くの人々が願い望むことは実現するということだ。魔法は遥かな昔、人々に願い、望まれて生まれた。神が≪古の十三魔女≫をそう創ったのだ。ミリザは魔導学院でそう教わった。それがこのアルカロンドという世界の理。


 魂というものが事実存在するのであれば、それが魔法の力によって生前の姿を取り、親しい者の前に現れたという推理は十分に成り立つ。


「いずれにしても、現地調査が必要なようね」

「やっぱりそうなるのか……墓なんて気が滅入るなあ」

「嫌なことなら早く済ませてしまいましょう。早速向かうわよ」

「へいへい。仰せのままに」


 森の精霊にミタマに魂……まだその繋がりまではわからないが、結びつきそうな予感はしている。

 ミリザの予感は【魔女】の予感であり、それは必ずと言っていいほど的中した。


「目指すはコンラッド大森林にある精霊の墓よ」


 ミリザは凛々しくそう宣言した。

 スパーダとユーリはしぶしぶといった感じで頷いた。




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