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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第二部 自治区編

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自治区編28 第一魔女との死闘その2

 【第一魔女】ボルカ・エクレールは【剣】と【盾】を持たない。


 任務上の都合で騎士を伴わない【魔女】は他にもいる。【第七魔女】フーマ・コルニクスや、【第十二魔女】エレン・ナーリアがそうであるが、彼女たちも必要であれば騎士を伴って任務に臨むことはある。だがボルカは【魔女】になってからただのひとりの騎士も連れ歩いたことはなかった。それは自身の力への絶対的な信頼ゆえであった。


「彼女にはたったひとりで戦い抜く力がある」


 テレサはボルカのことをそう語った。


「彼女は【魔女】としては異例中の異例。【剣】による露払つゆはらいも、【盾】による守護も彼女には必要ない。いえ、両者の役割を自分ひとりでこなせる、と言ったほうが正確でしょうね。彼女はあらゆる局面に対応できる力を持っている」


「その力がどれほどのものか……この身で確かめる」


 ミリザの瞳に蒼い炎が灯る。


「氷の檻よ!」


 ミリザの背後の空間から急速に氷が張り始めた。

 それは巨大で透明な球体を包むように、氷の根を伸ばし続ける。


 ボルカの手が振り下ろされる。詠唱跳躍による雷魔法。だがオーレンがアイギスでミリザを守る。アイギスを形作る甲殻には一切の属性攻撃を防ぐ特質がある。それが活きた。スパーダはなんとか雷を回避したようだ。ボルカの攻撃の間も氷は空間に侵食を続け、ついには彼女たちを取り囲む巨大な氷の空間を完成させた。


「さすがの私も空が見えている場所であなたと戦うつもりはない」


 魔力によって生み出された純粋な氷は雷撃を通さないはずであった。

 魔法の氷で覆われた巨大な球状の空間が彼女たちの戦いの舞台となったのだ。


「これで雷は封じた」


 相手の得手えてをひとつずつ潰していくのは戦いの基本。

 相手が強敵であるからこそ、丹念に基本をなぞる。


 だが、雷を封じられたボルカは余裕に満ちた表情を浮かべている。


「弱者なりの戦術といったところか」


 ボルカはくくく、と笑う。


「お前は気づいているのか。策をろうするのは、自らの弱さを認めていることに他ならないということに」

「相手は【第一魔女】――私はあなたのことを過小評価するつもりはない」

「それは光栄なことだな。強者から目を逸らすことはできん。皮肉なことに、それが弱者の敗因となるのだ」


 ボルカの身体から何か異様な魔力が放出されている。ミリザの知識にない性質の魔力であった。ボルカは失われた古代の魔術の研究にも熱心だと聞くが、その一種であろうか。雷を封じられたとしても、彼女にはまだ多くの選択肢があるのは間違いないようだった。


 ボルカが何を企んでいようと、そのすべてに対応してみせる。ミリザたちはボルカの一挙一動に意識を注いでいた。この時点で精神的な優位性はボルカにあり、ミリザたちの精神は時間と共に削り取られていた。実際には短い時間であったが、それはミリザたちにとって無限の時間のようにも感じられたのであった。


「頃合いか」


 ボルカは呟くと、動き出した。彼女の両手に赤い光が宿る。


 彼女は杖すらも持たない。

 もっとも得意とするのは【魔女】にはあるまじき肉弾戦である。


 無尽蔵むじんぞうの魔力を両の手に込めて、ただひたすらに敵を打ちのめす。

 それが彼女の流儀であった。


 離れた場所から強大な魔法でもって一方的に相手を殺戮さつりくするなどという姑息こそくな真似は、他の惰弱だじゃくな【魔女】に任せておけばいい。強者は常に死線と紙一重の場所に我が身を置く。そして自らの手でつかみとるのだ。勝利を、栄光を、敵の命を。


 その感触こそが彼女が戦う理由であった。


「行くぞ!」


 ボルカが空中で加速した。瞬きの間にミリザの前に姿を現し、その剛腕を振るう。オーレンがアイギスで受け止めるが、あまりの威力に弾かれる。ミリザが氷柱を突きだす。だがそれも拳の一振りで粉砕される。氷が飛び散る。ボルカの拳がミリザを捉える。その瞬間にスパーダが攻撃を受け流そうとナイフを滑らせる。


「くそったれ。なんて重てえ拳だ……ホントに【魔女】かよ」


 拳の勢いを殺しきれない。スパーダの手にするナイフが根元から折れる。


「嘘だろ、おい!」


 ボルカの蹴りがスパーダのわき腹に突き刺さる。

 アバラが折れる音がした。血反吐を吐いてスパーダが転がる。


「スパーダ!」


 ミリザが叫ぶ。


「自分の心配をするんだな」


 ボルカがミリザに向かって魔力を乗せた拳を突きだした。

 空間が切り裂かれ、不吉な唸りを上げる。


「ミリザ! 危ない!」


 オーレンが渾身こんしんの力を込めて剣で切りかかり、防ごうとする。

 だがボルカの拳はその剣ごとオーレンとミリザを吹き飛ばした。


「が……がはっ……」


 拳の衝撃波が内臓まで貫通したのであろうか、オーレンが血を吐く。


「オーレン!」


 ミリザも衝撃によって立ち上がることができない。何かがおかしい、とミリザは感じた。いくら相手が【第一魔女】とはいえ、ここまで力の差があるはずはない。これには何かカラクリがあるはずだった。しかしそのタネがわからない。


「何かを……されたのね……私たちはすでにあなたの術中だったというわけ……」


 ミリザは力を振り絞り、魔力を集中させようとする。

 だがダメだった。杖を握る手にも力が入らない。


「いまさら気づいたところでもう遅い」


 ボルカがゆっくりとミリザの前に歩を進める。


「ミリザ・デストール。【第一魔女】の手にかかるのだ。光栄に思え」


 ボルカが魔力を込めて拳を振り上げたそのときである。


「誰が【第一魔女】だって?」


 たぎるような声と共に氷の檻が割れた。


「呼んだか、あたしを」


 上空から現れたのはまたもや【第一魔女】ボルカ・エクレール。

 橙色のくせ毛に燃え盛るような瞳、黒い外套……何もかも同じである。


 ミリザは眼前の光景が信じられない。

 これは夢だろうか。


 【第一魔女】がふたりいる。


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