ミリザの章3 村長への質疑
登場人物
ガスロン……リンド村の長。
「スパーダ、あなたはそのオーナーが怪しいと思うのね。理由は?」
「匂いだな」
「匂い?」
「そう、悪党の匂いってやつさ。おれは自慢じゃないが悪党には詳しいほうでね、あのオーナーはせいぜいが小悪党ってところだが、それでも悪党には変わりない。子ネズミが結局のところネズミであるみたいにな」
「ネズミが人気者になることもあるかもしれないわよ」
「そんなわけねえだろ……いや、そういうこともあるか? まあないとは言い切れんが、要点はそこじゃない」
スパーダは布袋を掲げる。ジャラジャラと音がする。
昨日のブラックジャックの勝ち分であった。
結構な額が詰まっているようで、パンパンに膨れ上がっている。
「見え見えの片八百長でおれに金を渡してきたわけだ。これをどう見る」
「どう見ても賄賂ね。ユーリ、このおじさんに手錠をかけるわよ」
「は、はい」
「はいじゃねえ!」
スパーダはユーリの頭を布袋で殴る。鈍い音がしてユーリが倒れる。
「どう見たって怪しいだろうが。これはつまり、『金をやるから黙って帰れ』って意味だろう」
「ちょ、ちょっと待ってください……いま僕はなんで殴られたんですか?」
「単純に死者の噂なんかが流れたら店の不利益になると思ったんじゃない?」
ミリザはユーリの訴えを無視して話を続ける。
「それもあるかもしれんが、それだけじゃない。なあ、ユーリ。おまえがつかんだ情報をミリザに教えてやれ」
ユーリは立ち上がって胸元から手帳を取り出し、調査内容を確認する。
「は、はい。これは一番最初に死者を見たと騒ぎだしたジャクリーンという老婆に聞いたのですが、あのカジノの一画はもともとは墓地であったそうなんです」
「墓地?」
「村の共同墓地です。リンド村の先祖たちが代々そこに葬られていたわけです」
「なるほど、関係がありそうね」
「それがガスロン村長の提案でコンラッド大森林に墓地を移設することになったそうです。ジャクリーンは最後まで反対していたそうですが、住民たちによる投票が行われ、賛成多数ということで移設は進められました。そのあとに急遽あのリンドパークが造られたのだと」
「オーナーは村長の弟。つまり墓の移設は明らかにリンドパークの建設が目的ということね」
「そういうこった。魔動革命に乗じて兄弟でもって一儲けを企んだんだろう」
「そしてそれは実際に成功した。それだけでは単なる山師の成功談だけど」
「だがここで死者の噂騒ぎが出てくる。ユーリの調べたところによると、死者として騒がれたのはみんなかつてのリンド村住人。つまりは墓に眠ってなきゃいけないやつらだ。それが幽霊として現れたのはいったいどういうわけだろうな」
墓地の移設と幽霊騒ぎに関係があるとすれば、そのあたりの事情に一番詳しいのは村長であるに違いない。ミリザたちは村長宅に出向くことにした。
「ずいぶんでかい屋敷だな」
スパーダが呆れたように言う。村長の屋敷はこんな小さな村には不釣り合いなほどに豪奢であった。ただあまり趣味はよくない。王都の屋敷を真似て造られているようだが、どこか違和感がある。周りの風景との調和が取れていないことも原因のひとつであろうか。
「田舎者が都会に憧れるのはわかるがね……いずれにせよ、儲かってるのは間違いなさそうだ」
スパーダが乱暴に門を開けると奥から執事と名乗る人物がやってきた。
「これはどちら様でしょうか」
「村長に【魔女】が来たと教えてやれ」
スパーダがそう告げると執事は飛び上がらんばかりに驚いて、慌てて村長を呼びに行った。ほどなくバタバタと駆けてきたのが村長のガスロンであった。無理やりに作った笑顔の仮面をかぶり、もみ手をしながらミリザを出迎える。
「これはこれは、【魔女】様とそのお連れ様。かようなむさくるしい場所にいかなる理由でお出向きでしょうか。何か私共にお手伝いできることがあればよいのですが」
「ではいくつか質問をさせてもらっても?」
社交辞令など無視してミリザは言う。
「もちろんですとも、なんなりと」
「リンドパークを建設するために墓地を移設したのですか?」
あまりにも直截的な質疑にガスロンの表情が固まる。
ハラハラして見守るユーリにはガスロンの笑顔の仮面にぴしりと罅が入った音が聞こえた気がした。笑みのために細めた目の奥から剣呑な光が漏れる。
「は、ははは、さすがは【魔女】様。事情通でいらっしゃる」
「事実ということでよろしいですか」
「ええ、ええ、そうですとも。しかしこれは何もやましいことではありません。村人たちの賛成を得て決まったことですからな。確かに墓地を移したのは事実です。リンドパークを建てるには巨大な敷地が必要だったので、他に選択肢はなかったのです」
「村の外に造るという選択肢もあったのでは?」
ガスロンは首を横に振る。
「村の敷地内でなければ税制面での優遇が受けられないのですよ。それに村のなかに造ることによって、他の商店等も相乗効果で潤います。そのためには、景観の問題からもあのように馬鹿デカい……失礼、巨大な墓地が村のなかにあっては困ったのですよ」
「なるほど」
かつて存在した墓地はかなり広い土地を有していたようだ。ガスロンやモルガンのような野心家からしてみれば、ただ土地を遊ばせているばかりで不経済極まりないと感じていたことだろう。
「いずれにしても、これは投票を行い、賛成多数によって可決された事案です。村人たちの過半数は墓地の移設に賛成だったのですよ――村の発展のためにね」
「反対派もいたということですね」
「それはもちろんいましたよ。感情論でしか物事を考えられず、新しい提案には何でも異議を唱える人間というのはどこにでもいるものです。先祖の墓を移すなんてバチあたりだとかね。今回の噂の件も大方彼らの仕業でしょう」
「死者の噂を流しているのは当時の反対派住民だと?」
「そうに決まっています! だって他に考えられないでしょう。死者が生き返ったりしますか?」
それについてはミリザも同感であった。
これは墓の移設に反対していた住民たちが結託して流しているだけの罪のない噂にすぎないのだろうか?
「移設された墓はコンラッドの森にあると聞きましたが」
「ええそうです。あそこには古くから墓地として使われている場所があって、そこを拡張して共同墓地にしたのですよ」
「ほう、もともとそんな場所が」
スパーダが口を挟む。
「そうです! しかもその場所はですな、調べてみるともともとリンド村と関わりのあるものたちの墓であったそうなのです。その資料も残されております。古い話ではありますが、そういう歴然とした事実があるわけですから、墓地を移設したのは歴史的に見ても正しいことだったと私は考えておるのです」
スパーダの援軍を得たと勘違いしたのか調子よくまくしたてるガスロンであったが、ミリザの興味は資料という響きにあった。
「その資料を拝見させてもらいましょう」
氷のように鋭い声でミリザは告げた。
それは要請ではなく命令であった。