ミリザの章2 リンドパーク
登場人物
スパーダ……魔女の騎士。
ユーリ……魔女の騎士見習い。
モルガン……リンド村のカジノオーナー。村長の弟。
スパーダはリンド村のカジノ≪リンドパーク≫にて魔動ポーカーに興じていた。
すでに二万ディールほども負けが込んで熱くなっている。
「どうだ、【魔女】のスリーカード! さすがに今回は勝っただろう!」
しかし相手はそれよりも強い【聖女】のスリーカードであった。
「そんなバカな! おかしい! イカサマだ! この機械め!」
「ななな、何をやってるんですか、スパーダさん! ちょっと目を離した隙に!」
「何って調査に決まってるだろう」
「いや、遊んでるだけじゃないですか! 真面目にやってくださいよ」
「おいおい、おれがただ遊んでるだけに見えるのか?」
「他にどう見えるっていうんです」
スパーダはこほん、とひとつ咳ばらいをすると、これを見てみろ、と魔動ポーカーの画面を指さした。
「こいつはなんだ?」
「何って魔動ポーカーでしょう」
「そう、魔動ポーカーだ。それも最新式のな。王都にあるのと同じ機種だ。おれは先日も王都のカジノでやってたから間違いない」
「あまり自慢できることではないと思いますが」
「まあ聞け。魔動ポーカーだけじゃない。そこにある魔動ルーレットも、魔動スロットも、ここにある機械はみんな最新式なんだ。おまえは知らないと思うが、これを全部揃えるには相当なカネがかかる。王都でも人気の機種だしな。そんなに数が出回ってるものじゃないから入手だって困難だろう。王都ならいざ知らず、こんなちっぽけな村にそんな機械があるのはおかしいと思わないか」
「は、はあ……たしかに」
「以上のことから考えられるのは、ひとつはここがメチャクチャ儲かってる。あるいはカジノのオーナーがとんでもない資産家の道楽者である。そしてもうひとつは、製造業者か納入業者にコネがある。おそらくはこのどれかで、おれとしては最後の可能性が高いと思うね」
「そ、それが死者の噂とどう関係するんでしょう」
「それを調べるのはおまえの仕事だろう」
「いえ、僕たちの仕事のはずですが」
「細かいことはいい。おれはもう少しここで調査を続ける。あとは任せたぞ」
そう言い残すとスパーダは次は魔動ルーレットのほうへ去っていった。
「やれやれだ……」
ユーリは仕方なくひとりで調査を続けた。実際に死者の幽霊を目撃したという住人たちに話を聞いて回り、一通り調査を終えたころには日も落ちていた。
昼間は気がつかなかったが、リンドパークの周辺は魔動灯による色とりどりの明かりが灯り、夜の方が華やかな雰囲気を醸し出している。従業員らしき黒服の男女が客引きを行っている。どこから現れたのか、観光客らしき一行がリンドパークに吸い込まれていく。
そういえばこんな小さな村の近くに魔動列車の駅があったのだった。
観光客たちは列車に乗ってわざわざこの村にやってきたのだろうか。
ユーリもリンドパークのなかに入ってみる。するとそこは昼間とは比べ物にならないほどの喧騒であり、舞台の上では踊り子たちが華麗な踊りを披露し、管弦楽器の楽隊が酔客に生演奏を届けている。誰もが酒を飲みながら賭け事を楽しんでいる。スパーダもその一員であった。
「おーユーリ、どうだ調子は。おれは目下絶好調だ」
ブラックジャックのテーブルでチップを山と積み上げてスパーダはご満悦であった。
「やっぱり機械相手より人間相手のほうがいいな。賭け事はこうでないと」
ユーリが頭を抱えてミリザにどう弁明しようか必死に考えていると、スパーダに近づいて挨拶するものがあった。
立派な口ひげを生やした片眼鏡の紳士である。
見栄えのする銀髪を丁寧に後ろに撫でつけてある。
「本日はだいぶツイていらっしゃるようですな。結構なことです」
紳士は笑顔を見せてスパーダにそう言った。
「おかげさんでね。あんたは?」
「失礼、申し遅れましたな。私は当カジノのオーナーを務めております、モルガン・リンドと申します。以後お見知りおきを」
「ほう、姓が村の名前と一緒ですな」
「お気づきになられましたか。実は村長のガスロン・リンドは兄でございます。リンド家が代々村長を務めているので、村の名前がリンド村というのですよ」
「なるほどそうでしたか。しかしここは賑わっていますな。これも村長さんの手腕によるものですかな? それともあなたの?」
モルガンはおかしそうに笑う。
「どちらでもございませんよ。たまたま運が良かっただけです」
「賭け事と同じようなものかな」
「まさにそうです。この村にはいま運が向いてきているのですよ」
「運なら悪くなるときもあるがね」
「そうならないようにするのが私の務めでございます。運がいいからといって浮かれず、それを持続させる努力をしなくてはなりません」
「箴言ですな。具体的には何を?」
「そうですな……たとえば、根も葉もない噂を止める、というのもそのひとつです」
モルガンの片眼鏡がギラリと光る。
「失礼ながら、王都より派遣された騎士様とお見受けいたします。かの高名な【魔女】様もご一緒とのこと……ご苦労様でございます。ですが、わざわざ足をお運びいただいて誠に恐縮なのですが、例の噂は調べる価値のない与太話にすぎません」
「ほう、そうかね。であれば我々も助かるんだがね。余計な仕事をしなくて済む」
「さすが騎士様はお話が早くていらっしゃる」
モルガンはブラックジャックのディーラーに目配せをする。
「どうぞこの後もたっぷりと遊んでいってください。騎士様の今日のツキはしばらく続くと私は見ますな。いい思い出を作って気持ちよく王都にお帰りになられるとよろしいでしょう」