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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第二部 自治区編

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自治区編17 囚われのミリザ

 奥は長い回廊かいろうになっていた。ミリザとオーレンはそこを駆けていく。スパーダたちの姿は見えないが、彼はメリクレオスたちに追いついたのであろうか。ヤクモに足止めされていた時間は正確なところがわからない。彼の発する威圧感と、それに対する極限の緊張感――体感では短くとも、実際にはかなりの時間をあの場にはりつけにされていたのかもしれなかった。


「なあ……なんでおれが、あいつの攻撃を全部防げるってわかったんだ?」


 オーレンは問う。実のところ、確信があるわけではなかったのだ。あの凄まじい斬撃をすべて防げるなどと、そこまで思い上がってはいない。オーレンはただミリザの詠唱が終わるまでその身を盾にミリザの身を守ればよかったのだ。結果的に無傷であったことは僥倖ぎょうこうというより他ない。


「あなたが私の【盾】だから――と言いたいところだけど、それだけじゃない。自治区に来る前にテレサに会ったことを思い出して。あのときテレサがあなたにかけた魔法はまだ効力を失ってない。≪大地の加護≫――それとあなたのいまの力が合わされば、たとえ相手が≪魔女狩り≫であっても、後れを取ることはない。私はそう判断した」


 そしてその判断は正しかった。ミリザはオーレンを信じて委ねたのである。

 それこそが【盾】と【魔女】のあるべき姿。


「そうか……やっぱりまだおれの力だけじゃ無理だったか」

「テレサの魔法はすごいもの……でも、あなただって成長してるわよ。与えられた力だけでヤクモの攻撃を防ぎきれるはずはない。そのことは誇っていいわ」


 ヤクモの魔法を切り裂く抜刀術のことを思う。あれは一子相伝の技術であるとムラクモに聞いた覚えがあるが、実際は弟にも伝えられていたのだろうか? 


 正統な伝承者がムラクモであることは疑いようもないが、それが技術である以上、血のにじむような修練を積めば誰もが扱えてもおかしくはない。ムラクモが嘘をつくとは思えないから、ヤクモはきっと自身の力でその技術を手に入れたのだろう。彼が歪んだ道を選んだのはその結果であるのか、あるいはその過程であるのか、それはわからないが、想像を絶する鍛錬が彼の人格形成に何らかの影を落としているのは間違いのないところであった。


「力はやはり危険なものね」


 ミリザは呟く。強大な力は制御されなくてはただの災厄と変わらない。ミリザたち【魔女】は幼少の頃よりそのことを繰り返し教え込まれる。だからこそ自身を律する術がその身に染みついている。


「アレクセイを助け出さないとな」

「そうね、彼の技術が兵器開発なんかに使われないように」


 魔動科学の恐ろしい点は大した修練もなく誰もが扱えること。剣や魔法とは違うのだ。それがどれだけ危ういことであるのかミリザにはよくわかる。そんなものをこのアルカロンドに溢れさせるわけにはいかない。


 最奥の部屋ではスパーダが血まみれのメンフィスを抱きかかえていた。


「どういう状況?」


 ミリザに問われたスパーダは珍しく弱った顔をして言った。


「すまねえ、メリクレオスたちに追いつく寸前だったんだがな、あいつはいきなりメンフィスを魔動銃で撃ちやがった。こいつがしがみついてきてな、その間に逃げられちまった」


 上に行く昇降機でな、と奥を指さす。


「だがあれはもう使えねえだろう。上で何かを爆破するような音がした」


 オーレンが昇降機を調べてみる。

 機械を操作しようとしても沈黙したままである。反応はない。


「なるほど、行き止まりということね。つまりはまた来た道を戻らないといけない」

「そういうことになるな……おい、メンフィスよ、アレクセイはどこだ? 地下じゃあ結局あいつの姿は見なかった」


「うう……た……助けてくれ」


 メンフィスは腹部から出血している。かなりの量であり、重傷であった。


「日の魔女の名において命ずる――癒しを」


 ミリザが回復魔法で出血を止める。傷口を完全に回復させることはできないが、多少は楽になるはずだった。メンフィスの血の気が引いていた顔に生気が戻ってくる。


「うう……あ、ありがとう……」

「礼はいい。アレクセイのことを教えて」


「アレクセイは……すでに前線基地に送られた……」


 そこまで告げるとメンフィスは気を失った。スパーダが唸る。


「メリクレオスの野郎、一杯食わせてくれたな」


 だがミリザは冷静な声で告げる。


「前線基地というと国境付近にあるのかしら。それならかえって好都合ね。アレクセイを取り戻すついでに彼らの兵隊を殲滅せんめつしましょう」




 カルナック前線基地は普段は五千人程度の兵士が常駐している場所であったが、現在は二万人の兵士が所狭しとひしめいていた。彼らは演習の名目でミリザたちが自治区に入る以前より密かに集められていたのだが、この日アレクセイを伴って現れたアリアナとヴィオラの両議員は彼らを見渡してこう宣言した。


「これは演習ではない。実戦よ」


 魔動兵器の調整が終わり次第、グリンガム国境砦を襲撃する。そう告げられた兵士たちは一瞬戸惑ったが、それが命令であるのならば軍人は従うより他ない。敬礼し、命令を受け入れた。兵器の調整は無論アレクセイが行う。彼が命じられたのはタイタンの調整である。タイタンは魔動エネルギーを効率的に変換することが難しく、魔力を直接充填する方式を取っていたのだが、それでは運用が困難である。多数を動かすためには【魔女】を捕まえてこなければならず、それは現実的ではない。だがアレクセイの技術があれば魔動エネルギーによってタイタンを作動させることが可能になるはずであった。


「ふざけるな、私はそんなことはやらん」


 アレクセイは当然そう言い放ったのだが、彼はすぐに心変わりすることになる。なぜならば、基地の牢に繋がれたミリザの姿を見たからであった。


「アレクセイ……ごめんなさい……」


 ミリザの全身は傷だらけであり、両手を鎖に繋がれ、身体の自由を奪われている。その痛々しい様を見たアレクセイの心は千々ちぢに乱れた。


「ミリザ!」


 アレクセイは叫ぶ。誰よりも強く、凛々しく、気高いミリザが獄に繋がれ、恥辱にまみれている。その光景はアレクセイに我を失わせた。


「私たちの力がわかっていただけたかしら」


 冷徹な声で告げるのは第五議員アリアナ。


「彼女の命はあなた次第……わかるわよね?」

「た……助けてやってくれ。頼む。私なら何でもする……」


「交渉成立ね」


 このようにして、アレクセイはタイタンの調整に着手することになった。前線基地に配備されているタイタンは合計で八台。その半数の調整が終わったとき、自治区の軍勢はグリンガム国境砦に向けて動き出したのであった。



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