自治区編14 シノビ
大広間の奥にあったのは地下への階段であった。
巧妙に隠されていたがミリザが音の魔法で見つけ出した。
「かなり広い空間があるようね」
ミリザが意識を集中する。音の反響により地下空間の経路図がおぼろげに浮かび上がる。
「アレクセイはこの下か」
「セシルがいたことからも、彼がここに運ばれたことは間違いなさそう」
問題はセシルに魔法を教えたというザンザがいるかどうかであったが、この先から魔力の気配は感じない。セシルが闇の魔法を扱っていたことからザンザなるものは【白い魔女】の仲間ではないかと推察されるが、彼女たちはこの件にどのように関わっているのであろうか。
「ところでアレクセイをさらってあいつらは何をする気なんだ?」
「王国の魔動科学の発展を阻止するのが狙いとサマンドラは言っていたわ。逆に自分たちに協力させれば、自治区は技術的に優位に立てることになる」
しかしこれは随分と迂遠な話のような気がする。建前としては筋が通っているし、ヨアキム代表も恐らくこの論理を信じて行動に出たと思われるが、他にも隠された目的があると考えるのが自然であった。
「そんな単純な話なのか?」
「大きな物事ほど単純な論理で動くもんだ」
スパーダが言う。単純な論理は単純であるからこその明快さと説得力を持つ。だがそれは結局のところ、二義的なものにすぎないのではないか。本質は別にあるのかもしれない。
「魔動科学を扱う上で私たちがもっとも危惧しているのは兵器への流用……アレクセイは軍事開発に魔動資源を使うことをあえて避けていた。彼が目指すのは魔動エネルギーの平和利用だから。でも、彼はその気になれば強大な兵器を開発することもできる。それだけの技術と知識がある」
「つまりメンフィスたち……その裏にいるメリクレオスは、アレクセイに兵器開発をさせようとしてるのか」
「恐らくそうでしょう。それ以外にメリクレオスが王国に戦争を仕掛ける理由が見当たらない。なにしろ王国は彼にとって一番の顧客のはずなのだから。それを捨てるということは、より大きなものを手に入れようとしていると見るべき」
「王国を侵略しようとしてるってか? さすがにそれは無理があるだろう」
自治区と王国とでは戦力差がありすぎる。
不意を突いて緒戦を勝てたとしても、最終的に敗北することは目に見えている。
「代表たちは総力戦を望んでいるわけじゃない。彼らが目指しているのは局所的な勝利。サマンドラが聞いたところによると、自治区の懸念は領土問題だそうよ。だからいくらかでも領土を切り取れば、あとは交渉に持ち込もうとするはず」
「そう上手くいくかね」
「王国としても全面戦争は避けたいでしょう。帝国の存在があるのだから」
王国が自治区との全面戦争に突入すれば、積年の恨みを抱える帝国は待ってましたとばかりに王国に侵攻を開始するだろう。ヨアキム代表たちもそう考えているはずである。
「領土ね……国境の先っていうと、パルキアとか、スピノザとかか? スピノザは確かに魅力的だろうな。あのへんは穀倉地帯だからな」
「代表たちはそのあたりを分捕ろうとしているんでしょうね。でもメリクレオスはそれ以上を狙ってるかもしれない」
「いずれにしろ、捕まえてみればわかる」
オーレンがミリザを見つめる。
「だろ?」
ミリザは微笑む。
「そういうこと。わかってきたわね、オーレン」
「もう付き合いも長いからな」
そう、ここであれこれ考えていても仕方ない。
メリクレオスが何を企んでいたとしても、捕まえてしまえば終わりなのである。
「とにかく先に進みましょう。彼らが戦争の準備をしていたとしても、サマンドラたちが国境に辿り着けば警告もできるし、そうなったら王国の領土を切り取るのは簡単じゃない」
☆
そのころ、サマンドラは夜の荒野を車で走っていた。だが、不意に衝撃を受けて車の制御がきかなくなった。何かを踏みつけてしまったようだった。そのせいで車輪が破損したのだ。
「議員、外に出ます!」
サマンドラはカルパを抱えて車から飛び降りた。しかし外にはすでに彼女たちを取り囲むように、三人の黒装束の男たちが待ち受けていた。男のひとりが静かに口を開く。
「カルパ議員を渡してもらおう」
「渡してもらおうですって? どうせ殺す気でしょ、議員も、私も」
男はニヤリと笑う。
「なかなか聡いな、【魔女】崩れの秘書よ。その通りだ。おまえたちを生かしておくわけにはいかん」
男たちは揃って懐から小刀を取り出す。
それらが月の光を反射して冷たく輝く。
「我らはシノビ……メリクレオス様の命により、おまえたちを始末する」
シノビ――それはメリクレオスの裏の顔を支える暗殺者集団。幼少の頃より人間離れした修練を積み、その結果として人間を超えた力を手に入れる。そしてその力を使って、金銭次第でどんな汚い仕事でもやるという。残忍で恐ろしい男たち……彼らの噂はサマンドラも聞いたことがあった。
「ひっ……」
「怯えたか、だがその恐怖も死ねば消える」
「――の魔女の名において命ずる! アルカ・フレイア!」
火炎がシノビたちを焼く。
彼らのうちの二人が業火に包まれて倒れた。ひとりは逃れて距離を取る。
「なんであたしがあんたらみたいな三下に怯えなきゃならないのよ」
サマンドラは決然と告げる。
「あたしはサマンドラ・ケルシー。世が世なら【魔女】になってた女よ。暗闇でこそこそしてるような連中に怯えるようなタマじゃないわ」
「タマって君、そういう言葉は自分で使うようなものかね」
「議員は黙っててください」
「くっ……」
残ったひとりは敵わないと見たのか背を向けて逃げ出す。
その背にサマンドラは狙いを定める。
「敵前逃亡許すまじ――アルカ・フレリュード」
炎の槍がシノビの身体を貫く。シノビは地に伏せ、動かなくなる。
「相変わらず凄まじい腕だ。これで【魔女】じゃないというのだからな。いったい本物の【魔女】はどれだけ凄いのやら」
「ミリザはあたしなんかとは比べ物になりませんよ。ありゃもう完全にバケモンです」
「そんな【魔女】を十三人も擁する王国に戦いを挑もうとは……」
「控えめに言って大馬鹿ですね。【十三魔女】が本気を出したら明日にでも自治区は滅亡しますよ」
だがそんなことはメリクレオスもわかっているはずなのだ。
世のあらゆるものに関して目利きであるからこその大商人。
その人物が【魔女】の力量を見誤るはずがない。
それがサマンドラには不思議であり、不気味でもあった。




