自治区編12 銀髪のセシルその2
ノーラの配下であるザンザがセシルを育てた理由は本人にも正確にはわかっていなかった。
ただひとを育てるという行為に興味があったことは事実である。幼いころよりノーラに魔法の素質を見いだされ、魔法の奥義を授けてもらった彼女は、自身もまた誰かを教え育てることができるのではないかと考えた。自身の学んだ知識を他者に分け与え、受け継がせること。それは素晴らしい行為であると感じていた。その背景にはノーラが伝承というものを殊更好んでいたことがひとつの理由としてあったのかもしれない。
「これも恩返しのひとつの形――」
ザンザはそう考える。ノーラに与えてもらったものを誰かに受け継がせること。それはノーラの永遠の人生のなかではあるいは瞬きほどの時間のことであるのかもしれない。だがそれでも、そのような時間が確かに存在したのだと彼女に思ってもらうことができれば、ザンザにとってそれに勝る喜びはない。
ザンザがセシルと出会ったのはタルニエ村という辺境の村の片隅。疎外され、一緒に遊ぶものもなく、ひとりで球遊びをしていた少年――あるいは少女。彼、あるいは彼女のなかに、ザンザは抑圧されたアルカのきらめきを見た。
自らの輝きを押し隠そうとするようなそのアルカの気配はザンザの気を惹いた。それは隠そうとしても隠しきれるものではない、稀有な才能の片鱗。その発露。そのようなもの、何をためらうことがあろう。弾けさせ、溢れさせればよいのだ。それが何より自然なことであるのだから。
セシルは村を取り囲む壁に向かって球を投げていた。
投げられた球は壁に反発し、セシルの手元に戻ってくる。
だが、幾度目かの跳ね返りの瞬間、球は宙に静止した。
ザンザの魔法の力によって。
セシルは驚き、目を見張る。
「面白いか」
突如として現れたザンザに驚きながらも、セシルはこくりと頷く。
「そうか……こんなこともできる」
ザンザが球を見つめると、球は動き出した。
空中を浮遊し、セシルの周りを回転する。ぐるぐる、ぐるぐると。そして最後には静かにセシルの手に収まった。手元の球を見つめるセシルであったが、今度はそれが光を放っていることに気づく。アルカの光がまばゆく周囲を照らす。
「わあ……」
セシルの瞳が輝く。頬が上気する。身体が熱い。その光がセシルのなかの何かに触れたようだった。だがそれは決して悪い感触ではない。むしろとても落ち着くもの。じんわりと温かく、身体に力がみなぎるように思える。
セシルはザンザを見つめて問いかける。
「これ……わた……ぼくにも、できる?」
ザンザは頷く。
「ああ、できる。おまえには才能がある」
「本当に?」
「私は嘘は言わない」
ザンザはセシルに魔法を教える。
対象を浮遊させ、意のままに動かす魔法。
それは古い伝承では念動力と呼ばれていたこともあるという。
「それが〝できる〟と思うことだ。魔法はそれがすべて。おまえにはそれが〝できる〟はず」
セシルの魔法は球を浮遊させる。ザンザに比べれば制御は不安定であり、その軌道は不細工もいいところ。だがセシルにとってその軌道は何よりも美しいものとして彼女の心に深く刻まれることになる。
「わたしにも……〝できた〟」
やがて日が暮れる。
もうじき夜となり、外で遊んでいた子供たちはみな家に帰っていく。
「おまえは帰らないのか」
ザンザはセシルに問う。
「帰りたくない」
セシルはうつむき答える。
「親はいるのか」
「お母さんは出て行った……お父さんは……」
セシルの身体のあちこちに痛々しいアザがある。
白く柔らかな肉体に刻まれた醜い傷跡。
それがどのようにしてつけられたものなのか、ザンザには聞かなくてもわかった。
「そうか。ならば私と来るがいい」
ザンザはセシルの手を取る。
「おまえに魔法の奥義を教えてやろう」
☆
セシルの手に黒い炎が燃え盛る。
それは闇のアルカと炎のアルカが合わさったものであるようだった。二つの属性のアルカを同時に扱うことはかなりの高等技術とされる。セシルには炎と風のアルカを同時に操る【第四魔女】クロエ・キルザールと同等程度の力があるのかもしれなかった。
「つまり、この子に勝てれば、私はクロエにも勝てるということ」
そのような未来があるかはわからないが、あらゆる事態を想定しておくに越したことはない。
ミリザはオーレンとスパーダに手出し無用と伝える。自分だけ加勢があるのは公平ではない。
「一対一の勝負よ」
「望むところだ」
「闇の魔法もザンザに教えてもらったのね」
「そうだ。ザンザ様はあらゆるものを私に与えてくれた。貴様ら王国の【十三魔女】に扱えない闇の魔法までも」
手札は向こうのほうが多いということか。だが選択肢の多寡がそのまま勝敗に繋がるわけではない。
魔法戦において勝敗を分けるのは集中力である。対峙するだけで互いに神経を削り合う【魔女】同士の戦いでは詠唱跳躍など使おうと思っても使えるものではない。余程の実力差がなければ詠唱跳躍を決めることはできないのである。
「それでも可能性はある」
ミリザは心中で呟く。これは単純に魔法の技量だけではなく、精神の戦い。極限の攻防のなかで、精神的優位を築くこと。それが極限集中を手にし、詠唱跳躍による極大魔法の行使を可能にさせるはず。
ミリザの手にする≪氷の女王≫が冷たく光る。
主の決意に呼応するかのように。
これはかつてない死闘。
それに身を投じることこそ【魔女】としての誉れである。
だが無論死ぬ気はない。これが死闘であるとするならば、
「死ぬのはあなたよ」
ミリザは呟き、そして駆ける。




