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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第二部 自治区編

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自治区編5 自治区到着

 魔動列車の車窓からマグマレン自治区の首都ファルネーゼが見えてきた。


 その光景にオーレンは目を奪われる。色とりどりの魔動灯の光が夜の闇のなかに浮かんでいる。それは遠くからでも美しく輝いていたが、近づいてみるとまぶしいくらいだった。街全体が光の宮殿であるかのようだ。


「すごい……」

「おーいまはこんなになったのか。ここ数年でえらい変わりようだな」


 スパーダも目を丸くする。彼の記憶のなかのマグマレン自治区はここまで華やかではなかった。

 魔動革命の影響がここまで及んでいるのであろうか。王都でもまだ少ない個人用の魔動車が多く走っているのが見える。


「車はかなり高価だからな。王国でも庶民の手には届かん。となると、こいつらはやはり相当儲けてると見るべきか」


 王国では列車やバスなど公共機関はかなり充実している一方で、庶民が個人用の車を所有することはほとんどない。これは高価だからという理由もあるが、国民の気質が影響しているのであろう。わざわざ個人で車を買わなくても公共の交通機関を利用すればいいではないか、そのほうが便利だし安上がりなのだから、ということである。


 それに対して自治区ではとにかく個を重んじる。個人で何かを所有している、というのが社会的地位に大きく関わってくるのである。それゆえに無理をして高価な自家用車を買い付けるものも多かった。彼らは全体的に見栄っ張りなのである。


「しかし大きいな」


 オーレンは感嘆の声を上げる。


 マグマレン自治区はもともとは小さな区域にすぎなかった。しかし初代代表マグマレンは来るもの拒まずの精神で移住者を受け入れ続け、彼が没したのちもその精神は自治区に受け継がれていった。彼らは新たな移住者を拒むことはなかった。住人が増えるたびに新たな建物が増築された。


 その結果として、いまやマグマレン自治区の首都ファルネーゼは王都イシュバーンよりも巨大な都市となっていたのである。自由の鳥の名を冠し、無限に増殖を続けるその巨大都市は、局所的には歪でありながら全体的には不思議な調和がとれており、それはひとの営みの偉大さを体現しているかのようであった。


「マグマレン自治区は近年魔動科学の研究に力を入れている。発祥の地である王国よりもな」


 車窓に張りついているオーレンたちの背後からアレクセイが説明を加える。

 その言葉には何かしら含みがある。


「最近は魔動士の雇用にも熱心みたいね」


 【魔女】になれなかったものの多くは魔動士として魔動エネルギー関連施設に就職するのだが、近年は王国よりもマグマレン自治区のほうが好条件であるらしい。ミリザの知り合いにもマグマレン自治区で働いているものがいる。


「いまはまだ魔動エネルギーを完全に安定化できる方法がない。だから定期的に魔力による調整が必要になる。だが――」


 アレクセイは何かに気づいたようにその先を言い淀んだ。ミリザにはその先の内容がわかっていた。彼が目指すのは魔力による再調整の必要のない、魔動エネルギーの完全安定化――それはつまり、魔動士の廃業を意味する。言い淀んだのはその結論に触れることを気にしたためであろう。


 ミリザは、ふふ、と笑う。


 それに反応してアレクセイがムッとした顔をミリザに向ける。


「何がおかしい」

「いえ別に」


 案外気を遣うじゃない、とは言わなかった。ミリザは気づいていた。アレクセイは尊大な態度に反して意外に細心なところがある。あるいは、頭のいい人間というのは総じてそういうものなのかもしれないが。


 ミリザが氷のようにすました顔を取り繕っていると、アレクセイは、ふん、と言って目を逸らした。少し顔を赤くしたようでもあった。


「明日からは忙しくなるぞ。覚悟しておくんだな」


 その言葉通り、翌日からアレクセイは精力的に働き始めた。


 ミリザたちは朝早くに官邸にて自治区代表のヨアキムに面会した。


「この度はようこそいらっしゃいました。我々一同、アレクセイどののご来訪を心待ちにしておりました」

「そのような形式的な挨拶は結構。すぐに仕事に取り掛かりたい」


 その後に予定されていた歓迎式典は取りやめとなった。

 アレクセイが固辞したからである。


「魔動炉の建造予定地はここからどのくらいだ」


 自治区の魔動エネルギー関連研究の責任者であるグラハムが答える。


「車で一時間ほどの山間やまあいになりますが……もう行かれますか?」

「無論だ。案内してもらおう」


 ヨアキムとグラハムは目を見合わせた。仕事人間と聞いてはいたが、これはかなりの変人のようである。だが自治区のために働いてくれるのであれば断る理由はない。むしろありがたいではないか。

 グラハムは大型の魔動車を自ら運転し、アレクセイとミリザたちを魔動炉の建造予定地に案内してくれた。


「本当は街中まちなかに造りたかったのですが」


 とグラハムは言う。そのほうが効率的ではある。

 抽出した魔動エネルギーをすぐに関連施設に運ぶことができるからだ。


「でも魔動炉は爆発の危険がある」


 ミリザが指摘する。グラハムは頷く。


「ええ、ですので泣く泣く街から離れた場所に造ることにした次第です」


 遠くて申し訳ありませんが、とグラハムはアレクセイに告げる。


「利便性よりも安全性を重視するのは当然のことだ。その判断は間違っていない」


 魔動エネルギーは確かに便利なものではある。だが人々の安全とは比べるべくもない。アレクセイはそのことを誰よりも理解していた。


 建造予定地においては、事前に王国側が送付していた設計図を基に魔動炉の土台はすでに完成していた。だが核となる新型の変換器の仕様は明かされていなかった。それをアレクセイは惜しげもなく自治区の研究者たちに明かした。


「おいおい、そりゃ秘密じゃなかったのかよ」


 というスパーダに、アレクセイはふん、と鼻を鳴らし、


「独占するなど愚かなことだ」


 と吐き捨てた。


 コジョルタ長官からはくれぐれも変換器の詳細については開示しないように、と厳命されていたが、アレクセイにその指示を守るつもりは毛頭なかった。知識や技術は広く行き渡ってこそ価値がある。一部の人間が利益を独占するために有用な技術をひた隠しにするのはアレクセイにとって何よりも許せないことであった。彼らは進化を阻害している。人類はこれから自分たちの翼でもって大きく羽ばたこうとしているのに、なぜ自らそれを止めるような真似をするのか。


「王国に報告するか? 私は別に構わん」


 その場合は自治区に亡命するつもりだった。それだけの覚悟はある。


「私たちの任務はあなたの護衛。それ以外のことは興味ないわ」

「行動を逐一報告しろとも言われてないしな」


 とスパーダ。


「もっとも、仮に言われてたとしても面倒だからやらんがね」


「いいだろう。ならば我々は共犯というわけだ」


 人類の未来を拓くことが罪になるのであれば。


「面白いな」


 ぽつりとオーレンが言った。


「おれはひょっとしてあんたのことを誤解していたのか?」


「結論を早まるな。ひとがひとを完全に理解することなどできるはずがない。ひとは常に他者を誤解し、曲解しているのだ。そのことをよく覚えておけ」


 アレクセイは公平な男であった。公平や公正といった概念をオーレンはこの男を通じて学んだ。

 いけ好かない人間が人生にとって大切なことを教えてくれることもある。

 自身の未熟さを自覚している限り、誰もが教師となりうるのだ。


 それはオーレンにとって新たな発見であり、オーレンは新たな発見というものを何より喜んだ。それは自身を大きく成長させてくれるからであった。




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