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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編

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モニカの章14 セイレーンの三姉妹その2

 ヤウダとキャッセがモニカの両脇で剣を構える。


「三対三だな。ちょうどいい。三人がかりでひとりをなぶってもつまらんからな」


 エルマが言う。


「ずいぶんな自信ね。あなたたちの前にいるのは【魔女】とその騎士たち。普通は泣いて怯えるものだけど」

「エニグマはひとを超克ちょうこくする組織。涙も恐怖も我らには不要。必要なのは力への意志のみ」

「さて、その大層な発言に見合うだけの実力があるかね」


 キャッセが剣先を向ける。


「すぐに思い知る――自らの身体でな」


 キャッセの剣先からエルマの姿が消えた。


 そして次の瞬間には腹部に痛烈な打撃を食らっていた。

 エルマの拳が深々と突き刺さる。


「な――」


 はやい。それもとんでもなく。

 キャッセが吹き飛ばされる。床を滑って転がっていく。


「キャッセ!」


 ヤウダが叫ぶ。

 だがヤウダもニーナの蹴りで身体をくの字に折られ、吹き飛んでいく。

 モニカだけはミザリーの攻撃を杖で受け止めていた。


「これは身体強化の魔法? ……でも何かが違う」


 モニカが呟く。

 一連の攻防を受けてタランナップが勝ち誇ったように笑う。


「見たか! これが魔動強化だ! 魔動エネルギーによる身体強化! どうだ凄まじい威力だろう!」


 ずいぶんと情報を垂れ流してくれる男である。

 これだけの成果があれば自慢したくなるのもわからないではないが。


「魔動エネルギーを身体に注入したのね……なんてことを。どれだけの人間を犠牲にすればそんなことが可能なの?」


 それは危険な試みのはずだ。

 体内を巡るアルカと魔動エネルギーが上手く適合しなければ待ち受けるのは死のみである。

 その身体は破裂し、爆散する。

 気まぐれな研究のために悲惨な最期を迎えることになる。


「彼らは未来へのいしずえとなったのだ――人類の未来へのな」


 エルマ、ニーナ、ミザリーが同時にモニカに襲い掛かる。

 だがモニカの魔力が瞬間的に爆発し、彼女たちは吹き飛ばされる。


「ふざけないで……人々の命を守るのが【魔女】――そして魔動エネルギーの正しい在り方。それを忘れて何が人類の未来よ」


「綺麗ごとを言うな。犠牲なくして未来はない」


 エルマが立ち上がり告げる。


「それに何が正しいかを決めるのはおまえではない」


「いいえ、私よ。少なくともこの場においては。なぜなら私がこの場でもっとも強い力を持っているから」

「力を振りかざし、おのれの論理を押し通そうというのか」

「私が押し通すのは論理ではなく倫理――それが力を持つものの責務なのよ」

「王国に飼われている【魔女】が偉そうな口を」


 ニーナが叫ぶ。モニカが彼女を見やる。

 その視線にニーナは知らず怯えの色を浮かべる。


「あなたたちは勘違いしている。【魔女】は誰にも飼うことなどできない。私たち【魔女】が王国に従っているのは人々を守るため。王国がそのことを忘れ、自らの国民に危害を加えるようになれば、【魔女】はその力のすべてを持って王国に立ち向かう――それは【十三魔女】全員の総意」


 魔導学院を創始した六芒星の魔女が≪血の誓い≫として記した言葉。


 魔女は何物にも隷属れいぞくせず、アルカロンドの平和のためにのみその力を振るう。

 我らと我らの子孫はこれを自らの血に誓う。


 モニカたち【魔女】は忠実にこの精神を守り、受け継いでいる。八百年の間、ずっと。だからこそ王国が平和をこころざすかぎりにおいて【魔女】が王国に叛逆はんぎゃくすることはなかったのである。


「あなたたちは私を怒らせた」


 モニカの身体から魔力が立ち昇る。

 それは炎のように揺らめき、彼女を赤く輝かせた。

 同じく赤色を身にまとったセイレーンの三姉妹はその威容いよう気圧けおされながらも、自らの信念に従いモニカに敵意を向けた。


「怒りか……それはこちらも同じこと。我らエニグマは世界を焼く怒りによってつどった。あらゆる不幸と不公平を自らの力によって正すために我らは戦う――たとえ相手が【魔女】であろうとも」


「ならば来なさい。あなたたちのそのくだらない怒りごと焼き尽くしてあげる」


 エルマが地面を蹴る。ニーナとミザリーがそれに続く。

 赤い残像が稲妻のようにモニカの瞳に映る。

 それは彼女たちが自らの肉体を極限まで鍛え、さらには倫理観を捨ててまで手に入れた力の軌跡。

 それはそれで美しいとも思う――ある種の信念が創り出す軌跡は。

 だがそれはこの世界に存在してはいけないもの。


 その軌跡を断ち切るように、モニカは杖を振る。


「アルカ・フレイア」


 炎がセイレーンの三姉妹を包む。赤く染まった彼女たちの瞳はもはや何も映してはいなかった。瞬時に燃え盛り、そして燃え尽きた。あとにはひとの形をした炭が残るばかりである。その炭が崩れていく姿を見てモニカは呟く。


「怒りってむなしいわよね……ほんの一瞬だけ激しく燃え盛って、あとには何も残らない」


 タランナップが悲鳴を上げて次の部屋へと逃げ出していくが、モニカはそれをすぐさま追う気分にはなれなかった。


 エルマ、ニーナ、ミザリー……セイレーンの三姉妹か。


 彼女たちもかつては【魔女】を目指していたのだろうか。セイレーンとは古き伝承では美しい歌声で船人たちを惑わせて破滅させる魔物の名であったはず。【魔女】になれないのであれば魔物になってでもその歌声――魔法を手に入れたかったのだろうか。それを愚かと断じることはモニカにはできなかった。


「敵に共感するのは私の悪いくせね」


 自らをいましめるようにモニカは呟く。

 だがその癖が直らないであろうことはモニカ自身が一番よく知っているのであった。


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