モニカの章10 魔女狩りその1
モニカはその後もパルサフリードを拠点に調査を続けた。
トレントホテルのヴィラが気に入ったのでそこをそのまま利用していた。
もちろん宿泊費は魔導学院に後日請求が行くことになる。
「こんな高級ホテルに連泊して、あとで怒られても知らねえぜ」
「大丈夫大丈夫、あたしたちの後ろには天下の魔導学院がついてるんだから、大船に乗った気持ちでいなさいよ」
「大船なんて見たこともねえし」
「マグマレン自治区にしかないんじゃない? 小舟って波で揺れて不安定なんだけど、船が大きくなるとすごく安定するらしいわよ。それであっちのほうじゃ、安心して頼れることを『大船に乗ったような気持ち』っていうんだって」
「相変わらず物知りなこった」
「それより次は何をするんだ?」
ヤウダは尋ねる。
フランツより情報を聞き出してから一週間ほどが経過したがモニカに動きはない。
ただホテルにこもって読書をしているばかりである。
「エニグマの連中が動くのを待ってたんだけど、なかなか慎重みたいね」
「もう諦めたんじゃ?」
「どうかしら。あの兵器はかなり魔力を消費するから、【魔女】は彼らにとっては喉から手が出るほど欲しいはず。フランツの話では、もっと大掛かりな兵器の開発も進めてるらしいし」
「なら機を窺ってるってところか」
「やっぱり三人まとまってると手を出しづらいみたい。ここは第二の囮作戦を敢行するしかなさそうね」
そこで白羽の矢が立ったのがヤウダであった。
彼はナーゴを肩に乗せて、パルサフリードの人気のない路地を歩いていた。
街に日用品の買出しに来て、帰り道に迷ってしまったという設定である。
ありきたりではあるが、だからこそ現実味がある。
煌びやかな繁栄ばかりが取りざたされるパルサフリードであったが、一歩路地裏に入ると大通りとはまったく違う顔が現れてくる。光があればやはりそこには影ができるものだ。パルサフリードに住む人々のすべてが豊かな生活を送っているわけではなかった。華やかな大通りの裏には広大なスラム街が広がっていた。
「なんか本当に迷子になりそうだな」
スラム街は道などまったく整備されておらず、そこら中に廃材が積み上げられて、自然発生的な迷路を形成していた。ときどき痩せた野良犬や、虚ろな目をした老人などが角から現れてビクッとさせられる。
「パルサフリードの半分以上はスラム街なんだにゃ。モニカが言ってたにゃ。彼らは経済戦争に敗れたひとたち……とかにゃんとか。≪魔動革命≫もいいことばかりじゃないってわけにゃ」
昨今の魔動エネルギー関連技術の急速な進歩とそれによりもたらされた恩恵、価値転換等を総称して≪魔動革命≫と呼ぶ。それに乗じて富を築いたものもいれば、時流に乗り遅れ没落していったものもいる。このスラム街は魔動革命における敗残兵の集まりということであろうか。
ヤウダは頭を振った。そんなことを考えていると気が滅入ってくる。
それよりも囮の任務に集中しなければ。
「なあ、ナーゴ。今回の囮におれが選ばれたのはなんでだと思う?」
うすうす気づいてはいるが、一応訊いてみる。
「そりゃもちろん、前回まんまと罠に引っかかってるからにゃ」
とナーゴは答える。何の遠慮もない。
「相手から見たら間抜けでチョロそうに見えるはずにゃ! 囮にはバッチリの逸材だにゃ!」
「嬉しくないよう……」
「ならここで男を見せるんだにゃ! モニカはきっと汚名をそそぐ機会をくれたんだにゃ!」
「ハッキリ汚名って言うんだ……」
しかしナーゴのこのある意味畜生的な容赦のなさはヤウダにとっては救いでもあった。
変に気を遣われるよりはよっぽどいい。
汚名を返上し、名誉を挽回する。
それは結局のところ、ヤウダが自分自身でやり遂げるしかないのだ。
「我々を罠にかけようというのか?」
ヤウダの背後から声が飛んだ。落ち着き、自信に満ちた声である。
「ならばそれに乗ってやるのも一興」
正面からも男が現れた。
挟み撃ち――相手を釣りだしたつもりが、逆に釣りだされてしまったのだろうか。
「やっぱりバレてるよな」
相手だって馬鹿ではない。
こんな見え見えの罠に引っかかってひとりで挑もうとはしてこない。
必ず数的有利を作ってから姿を現すだろう――モニカの言っていたとおりである。
「つまりあなたは不利な状況になる。でもそれは仕方のないこと。そうでなくては相手を動かすことはできない」
これは覚悟していた状況。
問題はヤウダが彼らに打ち勝てるかどうか。
「あたしはもちろんヤウダを信じてる。相手が何人だろうと必ずヤウダが勝つってね」
モニカの信頼に応えるべきはいまである。
ヤウダは剣を抜き、構える。
「おれはヤウダ・ビンセント。【第十一魔女】モニカ・エレメントが【盾】――そちらも名乗るがいい。名乗るべき名があるのなら」
「下手な挑発だな……だが、乗ってやろう。我々は誇り高きエニグマの実働部隊≪魔女狩り≫、名をスエルテ」
「バルバトス」
正面の細身の男がスエルテ、背後の大柄な男がバルバトスと名乗った。
「姓はないのか?」
「姓など不要。我々は血統主義を憎む。ひとは過去に生きるのではない。自らの力で現在と未来をつかむのだ」
スエルテが取り出したのは巨大な鎌である。
「血統主義の権化たる【魔女】の従者よ。我ら≪魔女狩り≫が断罪してやろう」




