オーレンの章3 魔動列車その1
正午過ぎ、オーレンは魔動列車の待合所で途方に暮れていた。
怪盗団の犯行をたったひとりで止める――そう決断したまではよかったが、問題は乗車券がないことであった。
待合所ではキルギスとその一行が何も知らずに笑い合っており、よほど彼らに盗難の危機を伝えようかと思ったが、今朝の一方的な約定のせいでそれはできなかった。そんなことをしたら卑怯者とそしられる上になんだか負けたような気になってしまう。妙な話ではあったが、ジャックルビーの言い分にも一理あると思ってしまうのであった。
「勝負を挑んだつもりはないんだが……」
話の流れ上、そうなってしまった。というよりも、ジャックルビーが巧妙にそう誘導したのであろう。若きオーレンにはそれを回避する手立てがなかった。それでやむなく勝負に乗ることになったのだ。
だが列車に乗り込めないのであればそもそも勝負にならない。
「というか、あいつらはどうやって列車に乗るつもりなんだ?」
オーレンはそのことに思い至った。彼らとて、列車に乗り込まなければキルギスから魔石を奪うことはできない。ならば列車に乗る算段があるはずであるが、待合所にその姿はなかった。
「ひょっとして……」
オーレンは待合所から外を見やる。すると、特徴のある三人組が町を出ていく姿が見えた。慌てて彼らの後を追う。彼らは線路沿いに歩いていき、線路が大きく湾曲する部分で近くの茂みに身を潜めた。
なるほどそういうことか、とオーレンは得心する。
彼らは列車に飛び乗るつもりなのだ。
列車は線路が湾曲する部分で減速するという。
その隙を狙って列車の後部に取り付くというわけか。
オーレンも彼らに倣うことにした。
結果的に無賃乗車になってしまうが、仕方のないことであった。他に方法がないのだから。いや、探せばあるのかもしれないが、いまのオーレンには他に思いつかなかった。
「なぜこうなってしまったんだ……」
思わず呟く。
オーレンは自身が何かしら大きな流れに飲み込まれようとしていることに気づいていなかった。
運命が彼をどこかへ導こうとしている。
これはその途中経過にすぎないのであった。
やがて線路が振動し、町のほうから列車が走る音が聞こえてきた。金属のかたまりが唸りを上げてこちらにやってくる。思ったよりも速い。そして大きい。
オーレンは思わず怯みそうになってしまうが、そのとき茂みから怪盗団の三人組が飛び出した。
「おまえたち、行くぞ! 気合を入れろ!」
ジャックルビーが檄を飛ばす。
「おお!」
クイーンモアとキングヌーの二人が雄叫びで応える。
その威勢の良さにオーレンも乗せられた。
オーレンも隠れていた茂みから飛び出す。それを見てジャックルビーがにやりと笑う。
「行くぞ少年、思いっきり走って飛び乗るのだ!」
彼らは列車に向かって駆けた。狙うは最後尾の貨物車である。そこに足場がある。デッキと呼ばれる部分であろうか、そこを目指して四人は飛んだ。無我夢中で列車に飛び乗ったオーレンは世界が回ったように思えた。手足をしたたかにすりむきながらも、彼はなんとか列車に飛び乗ることに成功した。怪盗団の三人も同様であった。
「来ると思っていたぞ、オーレン」
ジャックルビーが握手を求めてくるが、オーレンは応えない。
「あんたは敵だろう」
「好敵手と書いて『とも』と呼ぶことを知らないのか。まだまだ若いな、オーレン」
「早速だが、勝負は終わりだ。あんたを捕まえて――」
オーレンがつかみかかろうとすると、まあ待て、と機先を制してジャックルビーがすっと手を出す。
「まだ吾輩たちは何も盗んでいない。いま捕まえるのは違うと思わないか?」
「なんだって?」
「よく考えてみろ。この場で君が吾輩たちを何の容疑で捕まえるというのだ。無賃乗車は君も同罪であるのだぞ」
確かにそうであった。現状オーレンは無賃乗車の共犯なのである。
「じゃあどうすればいいんだ」
「まずは共にキルギスのところまで行こうではないか。そして吾輩たちが≪橙火の煌≫を盗もうとしたら、君は思う存分それを止めてみせるがいい。それが正当な勝負というものだ」
何かが間違っているように思うのだが、何が間違っているのかを正確に指摘できないあたりがジャックルビーの話術の巧妙さであった。この男はひょっとして盗賊ではなく詐欺師なのではないかとオーレンは思い始めていた。
「まずは貨物車の鍵を外す――クイーンモア」
「へい……ちとお待ちを」
クイーンモアが針金のようなものを懐から取り出し、それを錠前に差し込んでカチャカチャと動かすと魔法のように錠が外れた。オーレンがその手際の良さについ感心していると、
「初めて見たか? これがピッキングという技術だ。言うなれば、怪盗の魔法のひとつだな」
とジャックルビーが弟子に教えるような口調で説明を加えた。
貨物車の中は木箱が山と積まれていた。
『モービット』と書かれた札がすべての箱に張り付けられている。
「もしかしてこれが……」
「そうだ、これが魔石だな。モービット鉱山から運び込まれたものだ。≪橙火の煌≫に比べれば稀少価値は低いが、魔動エネルギーを抽出するのに使う分には十分だ。キルギスは一財産を築いたというわけだな」
そう言いながらジャックルビーたちは山積みの魔石には目もくれずに進んでいく。
「これは盗らないのか?」
「オーレン、ただの盗賊と怪盗の違いを知っているか?」
「いや……」
「ならば後学のために覚えておくのだな――盗賊は利益のために盗むが、怪盗は美学のために盗む。吾輩たち怪盗が狙うのは、その場でもっとも価値のあるものだけだ」
「言うことは格好いいんだが、やることが間違ってるように思うぞ」
「何が正しいかなど誰にもわかりはしない。ならば、何が美しいかで自らの生き方を決める。それが吾輩の人生哲学だ」
「あんたの話を聞いてると、なんだかとても真っすぐな人間なんじゃないかって錯覚しそうになるよ」
「オーレンは人を見る目があるな。そうとも、吾輩はとても真っすぐな人間だ」
そのとき、貨物車の前のドアが開いた。
鉄道警備の任に就いている衛兵の見回りであった。
貨物車にひとがいるとは知らずにあくびをしながら乗り込んできた衛兵はジャックルビーたちを見て声をあげようとしたが、その間もなくキングヌーに腹を強く殴られ気絶してしまった。オーレンが止める暇もなかった。
クイーンモアが手際よく衛兵にさるぐつわを咬ませ、手足を縄で縛る。
「怪盗は殺しはしない。これも美学のひとつだな」
オーレンに聞かせるように呟くと、ジャックルビーは貨物車を出た。
「いいか、オーレン。この先は指定席の車両だ。吾輩たちがゾロゾロと入っていってはすぐに車掌に止められるだろう。衛兵も待機しているかもしれん」
「じゃあどうする?」
ジャックルビーは華麗に上を指さす。
「車両の上を移動するのさ」