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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編

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モニカの章3 トレントホテル

 老人はホテルのオーナーをしているという。

 案内されて向かった先はオアシスのほとりにあるトレントホテルであった。


「トレントホテルってすごい高級ホテルじゃない」


 モニカがはしゃぐ。

 ホテルの周りはパルサフリード中心部の喧騒が嘘のように静かで、人気ひとけも少なく、落ち着いた雰囲気が漂っている。魔動灯の明かりも華美ではなく、ところどころに松明たいまつを燃やして炎が揺れる様を楽しませる趣向のようだ。


 挿絵(By みてみん)


「あえて中心部から離れた場所にホテルを建てると隠れ家的でよいと評判になりましてな。ひとというものは喧騒のなかにあれば静寂が欲しくなり、静寂のなかにあれば喧騒が欲しくなるものなのです」


「なるほどにゃあ」


 ヤウダも思わず感心する。

 繁華街に近いほうが単純に得だと思っていたが、そういう考え方もあるのだ。


「モニカ様御一行には特別にヴィラをご用意致します。料理も最上級のものをご用意致しますので、どうぞおくつろぎください」


「お酒もあるのかしら」

「もちろんございます。とっておきのワインをご用意致しましょう」


 アルカロンドでは十六歳から一人前と見なされて飲酒も可能になる。

 モニカたちは豪華な夕食をご馳走になり、高級なワインをたらふく飲み、いい気分になって眠りに就いた。


 そして夜も深まったころである。


 ひとつの人影がモニカの寝室に忍び寄っていた。

 影は音を立てずに寝室のドアを開け、ベッドで眠りこけているモニカを見つけた。

 そしてさらに近寄ろうとしたとき、後ろから剣を突きつけられた。


「そこまでだ。こんな夜更けにうちの姫さんを襲おうとはいい度胸じゃねえか。どうやら命はいらないと見えるな」


 挿絵(By みてみん)


 キャッセ・バウムスであった。

 流れるような黒髪に切れ長の瞳。肌は白磁はくじのように白い。

 女性のような美しい顔をしているが、口がとにかく悪い。

 黙っていれば女性が放っておかないのに、とよく言われるが本人はどこ吹く風である。


 影は剣を突きつけられても落ち着いたものだった。


「【剣】のキャッセ・バウムスか。貴様は酒は飲まなかったのだな」


生憎あいにく下戸げこなんでね。ワインに睡眠薬でも入ってたのか? 道理でヤウダもすぐに眠りこけちまったわけだ。あの馬鹿野郎が。【盾】としての自覚が足りねえよ。こんな敵地でな」


「ほう、なぜ敵地だと?」

「そうだろ、トレントなんとかさんよ。従業員に聞いたらオーナーは太ったおっさんだってな。あんたとはずいぶん違うなあ」


 キャッセが剣を突き刺した――はずであった。

 だが手ごたえはなく、黒い外套がいとうだけが剣先にかかっていた。

 トレントと名乗った老人は外套がいとうを脱ぎ去り素早く飛び去っていたのだ。


「存外に目端めはしく男だったのだな。見誤っておったわ」


 老人は小刀を中段に構えている。

 目つきは鋭く、酷薄こくはくそうな光が灯っている。


「何が目的だ」

「答える義務があるか?」

「なら死ね」


 キャッセが老人に向けて剣を突こうとしたそのとき、後ろから新たな影が現れ、キャッセに斬撃を放った。キャッセはそれを飛び上がって交わす。その隙に老人は眠っているモニカの首筋に小刀を突きつけていた。


「形勢逆転だな、【剣】よ」

「ちくしょうめ……」

「武器を捨てたまえ。さもなくば【魔女】を殺す」




「……きるにゃ……おき……おきるにゃ!」


 耳元で声がしてヤウダは飛び起きた。

 しまった、飲みすぎてつい眠ってしまった。

 あたりを見渡す。だが誰もいない。

 あれ……声は? 夢か? 飲みすぎて幻聴が聞こえるようになったのか?


「やっと起きたにゃ」


 声は下から聞こえる。

 下? 

 視点を下げていくと、そこにいたのは赤いリボンを首に巻いた白猫だった。


「ナーゴ?」

「いつまで寝てんだにゃ! 一大事なんだにゃ!」


 ナーゴがしゃべっていた。


「おまえしゃべれたのか?」

「前からしゃべってたにゃ。でも猫語だから気づかなかっただけにゃ」

「猫語?」

「ヤウダはモニカの魔法で猫語がわかるようになったんだにゃ。それで話しかけてるにゃ」

「ああ……にゃるほど」 


 あの魔法にそんな効果があったとは。

 とすれば、昨日聞いた「うみゃいうみゃい」というのもナーゴがイワシを食べていたときの言葉だったのか。


「すごいにゃあ、猫の言葉がわかるようになるにゃんて」

「感心してる場合じゃないにゃ! 一大事だって言ったの忘れたのかにゃ!」


 ナーゴは飛び上がって尻尾でヤウダの頬をはたいた。


「い、一大事ってにゃんだよ」

「モニカがさらわれたんだにゃ!」

「にゃんだって!」


 それは確かに一大事であった。


 一部始終を物陰から見ていたナーゴの話によると、このホテルのオーナーだとかいう老人は偽物であり、夕食のワインに睡眠薬が混ぜられていたそうだ。キャッセは酒を飲まなかったために寝てしまうことはなかったのだが、夜中にモニカを襲ってきた賊は二人であり、モニカを人質に取られてキャッセは仕方なく武器を置いたという。そして二人は捕まり、どこかへ連れ去られてしまった。


「にゃんてこった……おれが起きてればそんにゃことには……」

「いまさら後悔しても遅いにゃ! いまはできることをするんだにゃ!」


「そ、そうだにゃ。とにかくモニカたちを探さにゃいと」

「ならついてくるんだにゃ! モニカの魔力の痕跡こんせき辿たどるにゃ!」


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