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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編

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盾と魔女の章20 加護なき大地の蛮族その6

「あとは任せるって言っても……もう終わりじゃないのか?」


「いえ、まだ何か強大な気配がする。オーレン、油断しないで」


「さすがはミリザ様。アスタ様も同じことをおっしゃっておられました。今回の侵攻軍は大軍の後ろに巨大な気配があると」


 ネウロがミリザに告げる。


「アスタは事前に感じ取っていたのね。やはりあの子は天才ね」


「ミリザ様がいらっしゃればこそ、アスタ様は≪終極魔法≫を使われたのです。大軍を素早く処理するため、そして何より兵士たちの犠牲を少なくするためです。あとに控える蛮族ばんぞくどもの王はミリザ様が始末してくれると信じて」


 地響きがして、大地が揺れた。

 それは一定の間隔で響き、その音と振動は次第に大きくなった。

 それは足音であった。


 天を突く巨大な蛮族が切り立った岩山の陰から現れた。

 単眼たんがんであった。

 『古き神々の逸話』にある一つ目巨人――サイクロプスのごとき威容いようである。


 挿絵(By みてみん)


 アルカの加護のない世界はこのような恐ろしい怪物を産み落としたのであった。巨大な眼球がギロリ、と動き、巨大な口が巨大な雄叫びを上げた。その咆哮ほうこうは周囲の空気を震わせ、その波動は遠く離れたミリザたちのもとにまで届いた。空気がビリビリと振動する。巨人が岩山をつかみ、削り取った。そしてその岩の塊を大地に振り下ろした。炸裂音がして、巨人に近い兵士たちが吹き飛んだ。遠巻きに見つめる兵士たちは足がすくんでその場に倒れ込むものもいた。


「恐れるな! い、いくら巨大であろうと、相手はただのひとりであるぞ!」


 兵士長がげきを飛ばす。兵士たちはその声で我に返ったかのように魔動銃を構え直した。そして一斉に銃撃を開始する。彼らは恐れを振り払うかのように叫びながら、その弾のある限り撃ちまくった。巨人はその巨体ゆえに巨大な的であり、無数の銃撃がその全身に浴びせられた。とめどない銃撃音と共に爆炎が上がり、巨人は煙に包まれた。兵士たちは弾がなくなるまで撃ち続けた。巨人は沈黙していた。全身を蜂の巣にされ、絶命したものと思われた。


 だが、兵士たちが弾を撃ち尽くし、煙が晴れたとき、彼らはその想像が誤りであったことを知った。

 巨人の肉体には傷ひとつなかった。その皮膚は鋼のように――いや、それ以上に硬く、魔動銃のエネルギー弾などまったく寄せ付けなかったのである。


「まさに蛮族の王といった風格ですな」


 ネウロが怯えた兵士たちに下がるよう伝える。


「ミリザ様、お願いいたします。あのような醜い怪物に、アスタ様の安らかな眠りをさまたげさせないでください」


 ミリザは頷き、オーレンとスパーダを伴って蛮族の王の前に立った。

 強大な圧力を感じる。だがミリザに恐れは微塵みじんもなかった。


「あなたの軍勢は潰滅かいめつした。ひとであれば降伏こうふくを勧めるところだけど、生憎あいにくと言葉が通じないのよね」


 ミリザが≪氷の女王≫を掲げる。

 青白い冷気が立ち昇り、それに反応して蛮族の王がえた。


「いまのうちに吼えておけばいい。すぐに物言わぬ氷像になるのだから」


 ミリザは詠唱を開始する。極限の集中が外界との繋がりを遮断しゃだんした。ミリザの意識のすべてが魔法をつむぐために向けられる。蛮族の王が襲い掛かってくる。空気が唸りを上げる。まともに食らえばその身体ごとねじ切られそうな威力の打撃をオーレンが≪アイギス≫で受け止める。スパーダが隙を作ろうと蛮族の王の視線を誘導するように動き出したまさにそのとき、すでにミリザの極限集中による詠唱は驚異的な速さで終了し、収束された氷のアルカが蛮族の王に向けて放たれた。


「――アルカ・ミリアスタ!」


 蛮族の王は瞬時に巨大な氷像と化した。

 あたり一面は氷の世界となり、氷の結晶が降り注ぐ。


「いまのは……」


 スパーダが目を見開く。

 ミリザは自身の手のひらを見つめる。いま放った魔法の感触を確かめるかのように。


詠唱跳躍えいしょうちょうやく――ようやくできたのね」


 ミリザが呟く。それは極大詠唱魔法の詠唱を省略する高等技術。現在は【第三魔女】以上の【魔女】しかこの技術を扱えるものはいない。いまの自分であれば可能だと思っていたが……


 ミリザの手は震えていた。それは心のたかぶりによるものであった。自身が魔法の深遠に近づきつつあることへの。それはとりもなおさず、母に近づくということ。そのことがミリザには何より嬉しかった。


 オーレンがミリザに近づき、笑いかける。


「アスタの魔法もとんでもなかったけど……いまのはなんていうか、それ以上の凄みがあった。さすがはミリザだ」


 ミリザは微笑む。


「当然でしょ。私はあなたの【魔女】なのよ」


 詠唱跳躍が成功したのはきっと――オーレンのおかげ。


 詠唱跳躍に必要なのは極限の集中力であり、それを可能にしたのは【盾】への絶対的な信頼であろう。極限集中状態での詠唱は赤子のように無防備であり、少しでも【盾】に不安があれば、決して成功することはなかったはずだ。


「まったく……ここにもバケモンがいたか」


 スパーダがミリザに語り掛ける。


「詠唱跳躍とは恐れ入ったぜ。おまえさんはいったいどこまで強くなるんだろうな」


「頂点に立つまでよ。私が目指すのは母と同じ【第一魔女】――あなたたちもそのつもりでついてくるのね」


「へいへい、オーレンよ。おれらも気張きばろうや。我らが主は至高しこうの座を目指しておいでだ」


「そうなったらおれは【第一魔女】の【盾】ってことになる……そんな夢みたいなことが……」


「オーレン、夢を見るのは寝るときだけよ。目を覚ましてる間は夢なんて見てる暇はない」


 ミリザは鋭く告げる。

 オーレンは叱られたような気持ちになって頭を掻く。


「そうか……そうだな」


 夢とは手の届かないものに対する漠然ばくぜんとした憧れであり、現実的な目標にはなりえない。そうであった。ミリザの世界に夢や空想は存在しないのだ。あるのは現実に達成すべき目標のみ。


「おれもそのつもりでついていく――どこまでも」


 オーレンは気を引き締め、決意を新たにした。


 それにしても、夢を見るのは寝るときだけ……か。

 その言葉はオーレンにあることを思い出させた。


 魔導学院の寄宿舎における幽霊騒ぎ。その主役を務めたのはオーレンの隣人であるヤウダ・ビンセントであった。彼の人の好い笑顔がなぜかいま思い起こされた。彼は王都で初めてできたオーレンの友人。それも同じ【盾】であった。


 オーレンは彼に向けて心のなかで呟く。


「なあ、おまえはいまどうしてる? おれの【魔女】は【第一魔女】を目指すらしい。これから先、きっととんでもない道のりになるだろう。だがな、おれはミリザにどこまでもついていく。彼女を守るために。おまえもきっとそうだろう。どこで何をしてるかわからないけど、同じ【盾】として一緒に頑張っていこう――」

 

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