オーレンの章2 魔石と怪盗団
登場人物
キルギス……鉱山のオーナー。
ジャックルビー……世紀の大怪盗。王都の三羽鴉のリーダー。
クイーンモア……王都の三羽鴉の一員。のっぽ。
キングヌー……王都の三羽鴉の一員。太っちょ。
小鳥の鳴き声と共にオーレンは目覚めた。
快眠であった。体力もバッチリ回復している。それに何より、王都に向かうことができるという希望でオーレンの心は熱く昂っていた。受付で会計を済ませた際に魔動列車の王都便について尋ねる。≪魔動革命≫のさなかとはいえ、列車を動かすほどの魔動エネルギーはまだまだ貴重な存在である。ビダヤ村に比べれば都会であるが、王国全土で見ればドゥーエの町は辺境である。従って王都便は週に一本しか走っていないのだという。
「ちょうど今日の昼過ぎの便があるはずですよ」
受付の人の好さそうな男性はそう言ったが、続けて少し難しい顔をした。
「ただ乗車券がいまから取れるかは微妙なところです。今回は乗客の方が多いようですので」
「何かあるんですか」
「モービット鉱山のほうで大量の魔石が見つかったそうなんです。あそこは元々銅山で、それも掘りつくしてしまったという話だったんですがね。とにかくそれを運ぶために、いま大勢の方々がいらしてるんですよ」
魔石とは魔動エネルギーの基となる貴重な鉱石である。それは魔法の源であるアルカが結晶化したものと言われており、魔動エネルギーに加工することで様々な用途に使われるのであった。オーレンはその存在を知識としては知っていたが、実物を見たことはなかった。
「魔石って見たことないんですよ。どんな感じなんですか」
「そうですね……見た目は水晶のようですが、違うのはそれが発光しているかどうかですね」
「光るんですか」
「ええ、色も様々です。まあ私はそんなに多くの魔石を見たことがあるわけではないですが……」
そうだ、と受付の男性は言った。
「銅山のオーナーの方が、すごく大きな魔石を酒場のほうでみなさんに見せていたと聞きました。夜通し飲んでいるという話ですから、まだいらっしゃるかもしれませんよ」
「へえ、じゃあ行ってみます!」
叫ぶが早いか、オーレンはすぐさま酒場へと駆けだした。
受付の男性に教えてもらった酒場に入ると中央の卓を囲むように人だかりができており、卓の中心には一目でそれと分かるこぶし大の結晶が鎮座していた。橙色に淡く光るその結晶は、自ら発光しているように見える。うちに秘められたアルカが燃え盛っているのであろうか、なみなみならぬ力を感じさせた。
結晶の前の席には赤ら顔の若い男が座っており、右手には大ジョッキ、左手には煙草を掲げて上機嫌であった。夜通し飲んでいたという話は本当らしく、すっかり出来上がってしまっているようだ。
男は新たに入ってきたオーレンを認めて、機嫌よく笑った。
「おいおい、どうした坊主。ここは子供の来るところじゃないぜ? それともおまえもおれの魔石を見に来たのか? もしそうならじっくりと見ていくがいいさ、一生のうちに何回も見られるようなもんじゃないからな。いい記念になるだろう」
男はそう言ってオーレンにこちらに来るよう促した。
オーレンはその言葉に従い魔石に近寄る。
近くで見るとその魔石がはっきりと内側から光り輝いているのがわかった。
「すごい……」
思わず声が出る。男はオーレンの反応に満足そうに頷いた。
「そうとも、すごいだろう。これは並の魔石じゃない。≪神魔石≫に近いものだ」
「神魔石?」
「そうとも、神のアルカの純粋な結晶と言われている、あの神魔石だ。おまえも聞いたことがあるだろう、王国の≪魔女の涙≫や帝国の≪神の瞳≫――ああいった伝説の魔石と比肩するような代物なんだよ。だからおれもこの魔石に特別な名前をつけた。その名も≪橙火の煌≫――このおれ、キルギス・モービット様がそう名付けたんだ。よく覚えておけよ、いずれどこかで耳にするかもしれんからな」
恐らくは土のアルカであろう、橙色のそれが結晶の奥で燃え盛り、煌めく様を表しているのか。この男は意外に詩人であった。ただの飲んだくれではないようだ。
「どうだ、いい名前だろう」
キルギスの問いかけにオーレンは頷いた。
お世辞ではなく、正直にそう思った。
「そうか、坊主。おまえはなかなか物のわかるやつだ。どこの田舎から出てきたんだ?」
「ビダヤ村から」
「おーなんか聞いたことあるかもな。確か相当な田舎だろう。そんなとこからわざわざおれの魔石を見に来たのか。感心なことだ」
「いや、王都に行きたいと思って」
「王都か! そりゃ悪いことしたな。今日の魔動列車の席は売り切れだ。おれらが買い占めちまったからな」
「え?」
「こいつらをみんな王都に連れて行かなきゃならないからな」
キルギスは取り巻き連中を見やってジョッキを掲げた。
「おまえら、明日の夜は王都で贅沢三昧だぜ! 楽しみにしてろよ!」
酒場を歓声が包んだ。キルギス万歳! 一生ついて行きやす!
太鼓持ちどもにおだてられ、キルギスは上機嫌である。
それとは対照的に、オーレンは肩を落として酒場を後にした。
「今日の便には乗れないのか……」
残念だが仕方のないことであった。
次の便を待つか、あるいは他の手段を探すしかない。
さてこれからどうするか、と考えながら夜道を歩いていると、物陰から何やら男たちが話し合う声が聞こえてきた。
聞き耳を立てるつもりはなかったが、その声は自然と耳に入って来た。
というのも、先ほど聞いたばかりの名前が会話のなかに上がっていたからであった。
「――であるから、キルギスの持つ≪橙火の煌≫を吾輩たちで奪ってしまうのだ。それこそが吾輩たちに課せられた試練。華麗に、そして大胆に、吾輩たちはそれを奪う。世紀の怪盗団の名に懸けて」
どうやらキルギスが自慢していた魔石を奪おうという悪だくみのようであったが、それは密談と言うよりは演説のようであった。まるで声を絞っていない。
オーレンがその内容に驚いて、え、と声をあげると、男たちは一斉にオーレンのほうを振り向いた。
男たちは三人組であった。みな黒ずくめで、体形が特徴的である。ひょろりと縦に長いものとずんぐりと横に長いものがいる。ただひとり演説をぶっていた男は中肉中背であったが、目つきは非常に鋭い。その目がオーレンを見つめる。
「どこまで聞いたんだね、少年」
「キルギスの魔石を奪おうとしているんだろう」
オーレンは正直に答えた。正義感からである。
盗みの計画など見過ごすわけにはいかなかった。
「ふむ、その通りだ。ウサギのようにいい耳をしているな」
「ウサギって耳いいんすか?」
「しっおまえは黙ってろ」
横長男が口を挟み、縦長男がそれを嗜める。
「盗みなんて馬鹿な真似はやめろ」
「ほう、それはつまり、吾輩たちに対する挑戦と受け取ってよいのだな?」
「え?」
予想外の答えにオーレンは動揺する。
挑戦? いや、そんな話をしていたか?
「いいだろう! 吾輩たちは少年の挑戦を受けよう――世紀の怪盗団≪王都の三羽鴉≫の名に懸けて!」
男がよく響く声で宣言する。
「勝負の内容は単純にして明快である。吾輩たちは≪橙火の煌≫を奪う。少年はそれを阻止する。いいか、これは男と男の正々堂々たる勝負である。ゆえに他言は無用。他者の助けを借りるなどと卑怯な真似をして吾輩たちを落胆させてくれるなよ。少年は己ひとりの力のみを頼りに、吾輩たちの計画を見事阻止してみせるのだ」
「えっ? いや、ちょっと待ってくれ――」
「吾輩の名はジャックルビー。アルカロンドにそのひとありと謳われる天才怪盗である。後ろに控えるはノッポのクイーンモアと太っちょのキングヌー。少年、君の名を聞こう。勇敢にも吾輩たちに挑戦状を叩きつけた若き勇者の名を」
「オーレンだ」
雰囲気に流されるようにしてオーレンは自らの名を告げる。
ジャックルビーは満足そうに頷く。
「そうか、オーレン。吾輩たちは君の挑戦を嬉しく思う。いい勝負にしよう――それではさらばだ」
そう告げると三人は鴉のようにバタバタと去っていった。
残されたオーレンはしばし呆然としていた。
怒涛の展開に理解が追いつかなかったのである。
「他言は……無用?」
上手く丸め込まれたと気づいたときにはもう遅かった。
誰かに助けを求めたいが、それを卑怯と断じられてはそうもいかない。
これはすでに理屈ではなく矜持の問題なのである。
かくなる上は、彼らの望み通り自分ひとりで彼らを止めるしかない。
それしか道はない、と若きオーレンは決意するのであった。