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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編

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盾と魔女の章11 ミリザの帰省その1

 テイル地方コーダ村。


 王都イシュバーンより魔動列車で一時間もかからず辿り着けるその村がミリザの故郷であった。ミリザはガルテア魔石鉱山に行く際も同じ路線を利用したことを思い出す。あのときは故郷のことはあまり意識していなかった。行きも帰りも視界には入っていたはずだが、考えないようにしていたのかもしれない。


「気まずいのよね……」


 父親に会うのが。もう五年近く会っていないと思うが、それだけ疎遠になってしまうとどんな顔をして会えばいいかわからないのだ。最後に帰ったのは魔導学院の初等科から高等科に移る際の長期休みの間だけ。


「たまには実家に帰ってお父さんに元気な姿を見せなさい」


 とテレサに言われて仕方なくであった。


「そのときは何の話をしたんだ?」


 オーレンが問う。ミリザは考え込む。


「さあ……何を話したのかしら? 記憶にないわ……」


 記憶はおぼろである。

 父親が猪を狩って食卓に出したことくらいしか覚えていない。


「猪は美味しかった」

「猪?」

「裏の山には猪がたくさん生息しているのよ」

「そう……そうなんだ」

「そうなのよ」


 実家が近付くほどに様子がおかしくなっていくミリザを心配そうに見つめるオーレンであった。

 コーダの駅に着いたとき、オーレンが驚いたのは意外にここで降りる乗客が多いことであった。


「なんか……観光地みたいになってるのか?」


「≪竜の尾≫を見に来てるのよ。村の近くに大きな穴があるんだけど、そこは≪原初の巨竜イシュバーン≫がたおれた際にその巨大な尾によって穿うがたれたものだと言われてる。そんなわけないと思うけど、そういうものに浪漫ろまんを求める人間はどこにでもいるのよね」


 村を見ると、大きな竜の石像が目に入る。

 教会らしき建物の尖塔せんとうに巻き付いているのだ。


「あれは≪古竜信仰教会≫よ。イシュバーンを含む古竜を神の化身として信仰している教会」


 ミリザが先回りして説明する。

 教会では竜の恵みによって王国が繁栄してきたのだと教えている。

 過去においてひとと竜は争ったのではなく、竜がその無限の叡智えいちをひとに分け与えたのだと。


「いろんな考え方があるな」

「同じ宗教でも解釈の違いで分裂したりする。それは結局は不確定なものを信じているから。だから私は目に見えるものしか信じない」


「ミリザの実家は村のどのへんなんだ?」

「村の外れよ。森の方に入っていく」


 ミリアムの生家は以前は村の中心部にあったらしいが、【第一魔女】の生家ということで騒がしい観光客が絶えなかったらしい。そのためアリオスとの結婚を機に村から外れた森の奥へ居を移したのである。


 そのため、ミリザの記憶にある実家はいつも静かだった。

 森の木漏れ日と、木々のざわめき、小鳥のさえずり……すべては神聖な静謐せいひつさのなかにあり、そこに何よりも大切な母の笑顔があった。


「親父さんは、お母さんの【盾】だったんだよな」


 ミリザは頷く。


 アリオス・デストール。

 アルケイア魔導王国最強の【盾】――そう呼ばれたこともあると聞く。


 数多の争乱において不敗を誇った≪未来視の魔女≫ミリアム・デストールのかたわらには、常に伴侶はんりょたる彼の姿があった。だがミリアムが何者かに暗殺されたとき、その場にアリオスはいなかった。彼は自身が【盾】としての責務を果たせなかったことを恥じ、その任を辞した。


 それから八年の歳月が経過していた。


 ミリザは九歳から王立魔導学院に通い、これまでたったの一度しか帰省したことはない。当然のごとく、父親とは疎遠になっていた。嫌いなわけではないが……何を話せばいいかわからないのだ。何を話しても母の記憶に繋がる。それは両者にとって悲しみを喚起かんきする結果になるだろう。


「こんな機会でもないと帰ってくることもないか」


 ミリザはひとり呟いた。


 イルヴァンは盟友めいゆうたるアリオスとその娘の関係について余計な気を回したのであろう。

 その思惑に乗ることはしゃくではあったが、表向きは謹慎扱いであるのだ。

 大人しく言うことを聞くより仕方なかった。


 オーレンの存在がありがたかった。

 彼が間に入ってくれれば、親子のギクシャクとした空気感も少しは紛れるだろう。


 ミリザはオーレンの顔を見やり、微笑んだ。


「頼んだわよ」


 何のことかわからないオーレンは戸惑いの表情を見せたが、すぐに「任せてくれ」と胸を叩いた。

 何を頼まれたかはわからないが、ミリザのためなら何でもやってやろうと思ったのだった。


 村を外れ、森の小径こみちを進んでいく。

 実家の前には、ミリザの記憶よりも少し老けたアリオスの姿があった。


「よく帰ってきた」


 アリオスは慈愛じあいに満ちた表情でミリザを迎えた。

 年齢は四十を超えたか。髪に少し白いものが混じり始めている。

 昔の記憶のなかの父はもっと黒々とした髪をしていたはずだが……ひとは歳をとるのだ、とミリザは思った。


「学院長に言われて仕方なくよ。聞いてると思うけど」

「それでもだ。そっちの少年がオーレンだな。おまえの【盾】の」


「オーレン・シールダーです。お世話になります」

「うんうん、いい少年じゃないか。おまえは母さんに似て男の趣味がいい」


「馬鹿なこと言ってないで早く部屋に案内して」


「わかったわかった。オーレン君、すまんな。娘の相手は大変だろう」

「いえそんなことは――」


「聞こえなかった? 早くしてって言ってるのよ」


 ミリザの魔力で周囲の温度が下がった。

 ミリザの足元の草が凍りつき、パキリという音を立てて割れる。


「わかったわかった、そう睨むな」


 アリオスはミリザとオーレンを家の中へと招き入れた。

 ミリザには自分の部屋を、オーレンには空いている部屋を片付けて寝具を運び入れておいたのでそこを使うように伝えた。


「母さんの部屋じゃないわよね」


 そんなはずはないとわかっていたがミリザは一応確認する。


「母さんの部屋はそのままだ」


 アリオスはミリアムの幻影に思いをせるかのように目を細める。


「オーレン君に使ってもらうのは荷物置き場として使っていたところだよ。片付け切れてないからまだ多少ガラクタが残ってるが、寝起きする分には問題ないはずだ」


「ありがとうございます。助かります」


 部屋に案内してもらったオーレンが見たのは、新品同様の綺麗なベッドと、壁に立てかけられた武具の数々であった。


「元々は武具なんかを主に置いてあったんだ。なかなか他に移す場所がなくてそのままになってるのもあって悪いが――」


 アリオスの言葉は途中からオーレンの耳に届いていなかった。

 オーレンの目を釘付けにしたのは一枚の盾であった。

 長らくそのままで置かれていたのであろう、薄くほこりが積もっていたが、一目でオーレンにはわかった。


 それは、アリオスが数えきれないほどの敵から【第一魔女】を守ってきた盾に違いなかった。


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