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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編

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盾と魔女の章9 魔石鉱山その6

 それは白き厄災の姿であった。


 世界という名の絵画に落とされた白い絵具。

 無を生み出し、拡げるもの。

 世界のことわりを書き換え、あらゆる結びつきを失わせる。


 眼前の少女はそういった存在なのだ、とオーレンは一目で理解した。

 【白い魔女】――ミリザから幾度となく聞かされた、もっとも恐るべき敵。

 ただそこにたたずんでいるだけで、天地が逆流しそうなほどの圧力を感じる。


 だが――


 オーレンはミリザの前に立つ。

 彼女を守るために。

 彼女の【盾】となるために。


 時が止まったように静かだった。

 誰も、何も口にしない――いや、できない。

 平穏を破ることが破滅の引き金であるとこの場の誰もが理解していた。


 【白い魔女】は興味深そうにオーレンを見つめる。

 血のように赤い瞳。

 魅入みいられてしまいそうなほどに、その瞳は赤い。


「いい【盾】を手に入れたのね」


 【白い魔女】は呟いた。


「あなたがギルテをそそのかしたのね」


 それは質疑ではなく、確認に過ぎなかった。

 この上ない憤怒を持ってミリザは【白い魔女】を睨みつける。


「私は彼女の心の闇に触れただけ。いい勉強になったでしょう? 上ばかり見ているものは、自らが下からどう見られているかを知らない――彼女を叛逆はんぎゃくに走らせたのはあなたよ、ミリザ」

「なぜこんなことをするの?」


「言ったでしょう。私はすべてをりたいの。それだけが私の望み」

「答えになってない」


「いずれわかるわ。あなたはミリアムの娘なのだから」

「どういう意味? あなたは母と関係があるの?」


 【白い魔女】は微笑んだだけでその問いには答えなかったが、ミリザの母親との間に何らかの関係があるのは明らかであった。


「答えなさい! 母をなぜ知ってるの!」


 ミリザが声を荒げたのはオーレンの知る限りこのときが初めてであった。

 ミリザの母親――ミリアム・デストールはかつて【第一魔女】としてすべての【魔女】の頂点に君臨していた。真偽のほどは定かではないが、未来を見通す力を持っていたと伝えられている。


 オーレンが知っているのは噂程度のことである。

 ミリザがまだ魔導学院に入る前に何者かに暗殺され、いまだその犯人は捕まっていない。

 正体不明の暗殺者≪魔女狩り≫の仕業であるとする説や、王国の隠された秘密に触れたために消されたのだ、という説など、様々な噂や憶測が密やかにささやかれているが、真相は闇の中である。


「母の死にあなたが関与してるの? 教えなさい! なぜ母は亡くなったの!」


 【白い魔女】は答えなかった。

 激高するミリザを見つめる赤い瞳には、何か不思議な感情がこもっているようにオーレンの目には映った。それは親愛の情とでも呼ぶべきものだったかもしれない。この瞬間だけは、オーレンは【白い魔女】がミリザの敵ではないように感じられた。


「あなたはお母さんが好きだったのね」


 【白い魔女】はぽつりと呟いた。


「私もミリアムのことは好きだったわ。私に言えるのはそれだけよ」

「あなたはすべてを知っているのでしょう」

「私はりたいと願っているだけ。すべてをるのは神だけよ――」


 【白い魔女】は音もなく杖を掲げた。

 その動作はミリザやオーレンらの意識の隙間をって行われ、彼らはその後の魔法の発動にもまったく対応できなかった。


「≪常闇とこやみの女王≫よ、地を闇で染め上げたまえ」


 闇がミリザを捕らえた。

 オーレンも、スパーダも、ギルテも、パブリシオンも、みな等しく闇の囚人となった。

 彼らは身動きひとつできなかった。


「怒りは心に間隙かんげきを作り、判断を鈍らせる。気をつけることね」


 【白い魔女】は静かに宙に浮遊し、短い詠唱を行った。すると大地が震え出した。

 坑内の奥のほうから大きな音がして、昇降機の穴から巨大な魔石が浮かび上がってきた。


 ≪深紅の焔≫である。


 魔力によって無理やり掘り出したために周囲が欠けているようだが、【白い魔女】は気にも留めていないようだった。衝撃によって爆発することもない。凄まじい魔力で抑え込んでいるようだ。【白い魔女】は無感情にその石の塊を眺めると、独り言のように呟いた。


「壊してしまってもいいのだけど、帝国に持って行ったほうが面白そうね。そこの半端はんぱな【魔女】に代わって私が届けてあげましょう」


 空間に巨大な闇の穴が出現した。≪闇の魔法≫による空間転移である。


「それじゃあミリザ、また会いましょうね」


 【白い魔女】は≪深紅の焔≫を伴って姿を消した。

 その瞬間、ミリザたちを捕らえていた闇も消滅し、彼らは自由を取り戻した。


「何も……できなかった」


 オーレンは自身の無力さに膝をついた。

 ミリザの【盾】となり、ミリザを守るはずだったのに。

 嘆くオーレンの肩にミリザの手が置かれた。


「気にする必要はない。私は生きている。どういうつもりかはわからないけど、【白い魔女】に私を害する意思はなかった」


 そのことはオーレンも感じていた。

 【白い魔女】は敵なのだろうか? わからなかった。


 だが≪深紅の焔≫は奪われてしまった。


「いずれにしても――」


 陰鬱いんうつそうにスパーダは言った。


「任務は失敗だ。こりゃあ学院長の大目玉が待ってるな。いまから気が重いぜ」


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