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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編

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盾と魔女の章8 魔石鉱山その5

「炎の魔女よ――」


 ギルテが詠唱を始める。炎の極大詠唱魔法、アルカ・フランメルであった。


紅蓮ぐれんの彼方より焦熱しょうねつと共に来たれ。汝が力は焔の祝祭。獄炎ごくえんの舞踏」


 ≪ブラックダリア≫がギルテの魔力を吸って際限なく輝く。

 凄まじい炎のアルカが収束していく。


「汝が力の及ぶところ、灰燼かいじんして滅せざるはなし。汝が業火にて不浄の獣どもを調伏ちょうぶくせよ」


「いと激しき炎の魔女、汝の御名みなにおいて命ずる――」


「アルカ・フランメル!」


 灼熱地獄がこの世に現出した。地獄の業火が渦を巻いてミリザを襲う。

 だが、ミリザもまた氷の極大詠唱魔法を唱えていた。


「氷の魔女よ、凍土とうどより出でて銀嶺ぎんれいの天幕をひけ――」


 ≪氷の女王≫が冷たく光る。


「汝が力は氷の法域ほういき。氷嵐の輪舞りんぶ。汝が力の及ぶところ、氷像となりて砕けざるはなし」


 ミリザの足元が氷の銀盤へと変わっていく。

 放射線状に、とどまることなく。


「炎熱の大地に氷塊ひょうかい墓標ぼひょうを降らせ。いと触れ難き氷の魔女、汝の御名みなにおいて命ずる――」


「アルカ・ミリアスタ!」


 極限まで収束した氷のアルカが地獄の業火を飲み込んだ。光が瞬き、すべては静止した。そのあとに現れたのは、地獄の最下層に存在するという氷結地獄コキュートスそのものであった。あらゆるものが凍りついている。ギルテが放った紅蓮の炎までもが氷の彫刻と化して冷たく輝いていた。


「あたしの炎が……凍っている……」


 信じられない思いでギルテは目の前の光景を見つめる。


「化物め――」


 ギルテもまた、凍傷を負ったようであった。

 全身を巡るアルカによって凍結は避けられたが、左半身の感覚は失われている。

 左手はもう使い物にならないだろう。


 決着はついたかのように思われた。

 だが、そのとき、昇降機をようやく動かしたオーレンたちがその場に駆けつけた。

 そのなかに兄バッカスの姿がないことに気づき、ギルテは深い絶望に襲われた。


「勝負はついたわ。これ以上は無意味よ」


 ミリザは冷然と告げた。だがその言葉がギルテの心に火をつけた。


「無意味なんかじゃ……ない」


 ここで終わってしまえば、兄バッカスは何のためにその命を散らしたのだ。

 あたしの我儘わがままのためにかけがえのない兄の命を奪ってしまった。

 ギルテの魂は慟哭どうこくし、闇の咆哮をあげた。


 ≪ブラックダリア≫が黒く輝く。


「まだ終わりじゃない……まだ――」


 ギルテの身体を闇の波動が包み込んだ。

 彼女は全身から噴き上がる魔力で飛翔し、上空からミリザを睨みつけた。

 瞳には狂気が宿り、その視線はミリザを貫かんばかりであった。


「ギルテ!」


 パブリシオンが呼びかけたが、もはやギルテの耳には誰の言葉も届かなかった。


「≪ブラックダリア≫よ、あたしの命を吸って咲け!」


 膨大な魔力がギルテの身体から≪ブラックダリア≫へと流れ込む。

 黒い宝石の形が変わっていく。ダリアが大輪の花を咲かせた。


「死の魔女よ。くらき闇のその深奥に至りて呪詛じゅそを叫べ――」


 ギルテは何かに導かれるかのように詠唱を始めた。

 闇の波動が一際高まる。


「やめなさい!」


 ミリザは鋭く告げる。

 死の魔法。そんなものを使えば――


「汝が力は死の誓約。滅びの約定やくじょう――汝が力は万物に及ぶ。生あるところ、汝の慈悲をたまわらざるはなし」


「ギルテ!」


「天と地の狭間はざまにおいて、汝が敵に永劫えいごう安寧あんねいを」


 世界が暗転する。

 極限まで収束された闇のアルカが周囲一帯に闇のとばりを降ろした。

 ミリザたちは自身が上下の別のない闇の空間に囚われたことを知った。

 魂が彼らの身体から引きがされ、無窮むきゅうの闇へとちていく。


「いとおそれ多き死の魔女。汝の御名みなあがめんことを――」


「アルカ・モルス」


 闇が瞬いた。


 ――だが、その魔法は発動されることはなかった。

 あまりにも強大な魔法にギルテの身体が耐えきれなかったのである。

 ギルテの身体はすべての魔力を失い、白く燃え尽きていた。

 全身に亀裂が入り、ギルテは糸の切れた人形のように制御を失い、地面へと落下した。




 ≪死の魔女≫モルテ・キルザールは聖魔戦争においてもっとも多くの死を振りまいたと伝えられる。当時の【魔女】は帝国だけでなく、強大な異民族≪トール≫やアルカの乱れによって生み出された魔獣≪ケイオス≫など、アルカロンドにおけるあらゆる脅威と命がけの戦いを繰り広げていた。そのなかで残った【十三魔女】の筆頭であるモルテは現代の【魔女】とは比べ物にならないほどの強大な魔力を誇った。彼女が扱う魔法は≪終極魔法≫と呼ばれ、すべての【魔女】が目指すべき終点であるとされた。しかしそんなモルテも聖魔戦争の後期においてその命を落とすことになる。それは敵に敗れたからではなく、彼女の愛杖≪ブラックダリア≫によるものであった。≪ブラックダリア≫は持ち主の生命を吸って魔力に変える呪われた杖であったのだ。




 パブリシオンがギルテに駆け寄り、身体を抱き起す。


「ギルテ!」


 うう、とギルテの苦しそうな声がもれる。

 満身創痍まんしんそういではあったが、命は助かったようだった。

 パブリシオンは涙を流して喜ぶ。


「よかった……ギルテ……」

「兄さん……ごめん」

「いいんだ……もういい……ゆっくり休め――」


「そうね、役立たずの出番はもう終了。あの世でゆっくり休むといいわ――」


 不意に響いた声と共に、闇のアルカの衝撃がギルテとパブリシオンを襲った。

 だが、ミリザが≪氷の女王≫を振るい、衝撃を逸らした。

 虚空こくうに黒い穴が開き、そこから音もなく【白い魔女】が現れた。


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