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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第一部 魔導王国編
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オーレンの章1 オーレン・シールダー

 アルカにより創られたとされる大地、アルカロンド。


 それがこの物語の舞台である。アルカとはすべての生命や魔法の源。

 【魔女】はこのアルカを利用して魔法を発動する。


 まず初めに登場するのはアルケイア魔導王国――通称≪王国≫である。


 王国は【魔女】を擁している。王国各地から魔法の素質を持った少女たちが王都の魔導学院に集まり、そこで類まれなる実力を開花させたものだけが【魔女】として認められる。その定員はたったの十三人。


 それゆえ、彼女たちは【十三魔女】と呼ばれる。


 【十三魔女】は二名の騎士を従える。

 【剣】と【盾】――それが魔女の騎士の通称。


 時はアルカロンド歴997年。これより物語は始まる。



 ☆



 アルケイア魔導王国東部の辺境、ビダヤ村。


 オーレン・シールダーはこの村に生を受けた。


 燃えるような赤髪の少年であった。その両の瞳も同じ色に輝いている。

 近くでまじまじと見つめると、どことなく美しい子犬のようにも見える。

 笑うと両の頬にくっきりとしたえくぼができた。その神秘的な深みは村の少女たちの視線を引きつけてやまなかったが、彼はまだ若く、少女たちと恋を語らうよりは胸の躍る冒険に心惹かれた。


 挿絵(By みてみん)


「ようやく親父の許可が下りた――これで王都に行ける」


 オーレン・シールダーはそう言って笑った。腰には大ぶりの剣を帯びている。父親が餞別にと持たせてくれた、どこかの騎士から博打のカタに巻き上げた名剣だった。父親はこの剣をとても大切にしていて、その表面は顔が映るほどピカピカに磨き上げられていた。


「十六歳の誕生日が来たら……って言ってたよね。お父さん、約束を守ってくれたんだ」


 セトカ・パウエルは呟く。猫のような印象の十二歳の少女。大きな瞳を伏せ、オーレンと離れる寂しさを表現している。セトカにとってオーレンは兄のような存在だったのだ。


「セトカも再来月から魔導学院に通うんだろ。だったらそこで会えるな」

「うん……」


 魔導学院の教育課程は初等科と高等科に分かれている。通常は九歳から六年間通うことになる。セトカのように高等科からの入学は珍しい。それはとりもなおさず、彼女に稀有な才能があることの証明であった。何しろ彼女は高等科の入学試験で初等科三年の首席学生を超える魔力を示して見せたのだ。王都ではすでに、彼女がかの天才魔法少女アスタ・ステラリテの再来ではないかという噂が流れているという。


「あたしは……【魔女】になる」


 セトカは宣言する。座学の遅れはあるが、そんなものは努力次第でどうにでもなる。【魔女】になるために大切なのは何よりも魔力とその制御――そして決意であった。セトカの猫のようにつぶらな瞳にはその決意の光があった。それは内気で引っ込み思案な彼女が唯一手にした欲望の光。この王国で魔力を持って生まれた娘たちはみな【魔女】を目指す。それが自然な希求であり、セトカも例外ではなかった。


「ならおれは【盾】だ。じゃあな、先に王都で待ってる」


 オーレンは村人たちに見送られながら旅立った。セトカの母親ブンタンからは、セトカが王都に行ったらしっかり面倒見ておくれよ、と念を押された。わかりました、と頷いてオーレンは村に背を向けた。


 王都までの道のりは遠い。ドゥーエの町から魔動列車が出ているが、そこにたどり着くまでがまず一苦労なのだ。何しろビダヤ村はド田舎なのである。ドゥーエの町に野菜を売りに行く商人が馬車に乗せてくれると言ったがオーレンは断った。


「ありがたいけど、おれの足のほうが速いよ」


 事実であった。整備された道を馬車で行くよりも、一直線に獣道を抜けたほうが速い。オーレンの他にそんな道を使うものはいなかったが、子供の頃から自然を友人として過ごしてきたオーレンにとっては慣れたものだった。道なき道を飛び跳ねながら進んでいく。道中で狼や熊の魔獣に遭遇したが、彼らは立派な剣の錆となった。


「こんないい剣を親父は隠していたのか」


 普段練習のために使っていた剣とは比べ物にならない切れ味だった。父はこの日のために大事に秘蔵していたのだろう。息子が一人前の年齢となり、大きな目標に向かって進みだす日のために。ありがたいことだとオーレンは父に感謝した。この剣がまともに扱える歳になるまで旅立ちを許してくれなかったことは多少恨んではいるが、それも父なりの心遣いというものだろう。


 馬車でも丸一日かかる道のりを、オーレンは半日で走破した。驚異的な走力であった。オーレンは気づいていなかったが、すでに彼はそのへんの騎士など問題にならないくらいの力を身に着けていた。彼に足りないのはただ実戦の経験のみであった。

 

 ドゥーエの町に着いたときは夜中だった。

 

 空には満月が浮かんでおり、その丸く朗らかな月はオーレンの門出を祝福しているようであった。オーレンはいい気分になって町に足を踏み入れた。ドゥーエの町はビダヤ村とは桁違いに大きく、それなりに栄えてはいたが、すでに夜のとばりが落ちてしまっている。人通りはまばらであった。魔動列車の券売所も閉まっているだろう。


 オーレンはしばらく夜の町の空気を楽しんだが、明日早く起きて券売所に向かうために宿を探した。安宿がすぐに見つかった。部屋は殺風景であり、ベッドは今にも折れそうに軋んで妙な音を立てたが、オーレンは満足だった。ベッドに入ると彼はすぐに眠りに就いた。


 彼は夜ごと夢を見た。


 自身が【魔女】の【盾】となり、彼女を守り戦う夢。物心ついたときから、その夢はオーレンと共にあった。それは何かを暗示しているかのようであった。彼に何かを求めているかのようであった。オーレンは確信していた。これはいずれ訪れる現実なのだと。


 永く待った――いや、待たせたのか。


 自らの主となるべき【魔女】を。


 その顔はいつも靄がかかったように判然としない。だがその凛とした佇まいは目覚めた後でも明瞭に思い出せる。その美しい髪の色も。


 夢のなかで【魔女】は蒼く長い髪を風になびかせていた。それは清流のきらめきのようであった。オーレンはその美しい蒼に自らの使命を見た。この身を賭して彼女を守ること。それこそが、オーレンが自らに課した崇高なる使命であったのだ。



 

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