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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第四部 運命の竜編
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運命の竜編48 運命の竜その2

「アルカ・ミゼル!」


 ミリザは挨拶代わりの氷柱の弾丸を撃ち出した。それは氷山のごとき巨大な槍であり、回転しながら凄まじい速度で運命の竜の三つ首に迫った。だが氷柱はその首を捉えることはなかった。竜を透過し、突き抜けていった。氷柱の軌道上の空間が揺らいでいた。歪曲わいきょくした空間が氷柱の攻撃を防いだのであった。


「空間が歪んでいるみたいだ」


 オーレンが言う。


「まだ次元が安定していないのね」


 見れば、三つ首のうち瞳に光が灯っているのはひとつだけであった。正面から見て左の竜の首。赤い炎がその瞳に宿っている。だが残りの二つの首の眼球はいまだ虚ろな暗黒であり、その周囲の空間は揺らいでいた。


「ならまずはあの首を狙う」


 ミリザは左の首に狙いを定める。だがその竜から無数の光線が放たれた。それは糸のような細い魔力の奔流であった。光は瞬時に空間を埋め尽くした。


「オーレン!」


 ミリザの声よりも先に、オーレンは防御結界を展開していた。それはオーレンが【盾】として完全に覚醒したことを意味していた。≪鉄壁の盾≫と称されるテレサの【盾】スクリードのように。その身に宿るアルカを【魔女】の力によって引き出し、守護の力へと変えるのだ。両者の揺るぎない信頼がそれを可能にした。


 オーレンの防御結界は魔力の奔流を防いだ。爆音が轟き、世界が白く染まる。極熱と烈風が周囲を吹き荒れるが、ミリザには一筋の傷を与えることもなかった。


「ミリザは安心して攻撃に集中してくれ」

「そのつもりよ」


 ミリザは微笑み、≪氷の女王≫を白く輝かせた。


 地上ではミクリーンとアビスたちが竜の攻撃の余波からノーラを守っていた。


「ノーラ様は私たちがお守りします」


 アビスが言うが、ノーラは静かに首を振った。


「あなたたちはミリザを援護しなさい」

「ですが……」

「ノーラのことは私に任せてもらいましょう」


 ミクリーンが言った。


「子の面倒を見るは母の務め……あの竜はただひとりの力で討ち破れるようなものではありません。ですが、あなたがたが協力して立ち向かうのであれば、希望はあります」

「ミクリーン様……」

「母様に≪月の加護≫をもらうといいわ。――母様」


 ミクリーンは頷き、短い詠唱を唱えた。


月影つきかげよ、魂のかそけきを照らせ」


 アビス、ザンザ、イルマの三人に月の加護が宿った。それは三人の身体を淡く輝かせた。蒼い月の光が彼女たちを包んだ。


「さあ、行きなさい。相手は運命そのもの。それに打ち勝つことで、あなたたちは真に運命から解放される」


 それはノーラの親心であった。アビスたちはいまだ自らの宿命に囚われている。邪神の供物くもつとしてこの世に生を受けたことが悪夢のように彼女たちの魂を縛り付けているのだ。


「あなたたちは【魔女】――ならば勝ち取りなさい。自らの力で。自由を。未来を」


 アビスたちは頷いた。私たちの自由も未来も、母であるノーラ様と共にある。その想いは変わることはない。だが母は私たちが自立することを望んでいるのだろう。彼女たちはそのことを感じ取った。


「かしこまりました。あのような大蛇、すぐに始末してみせましょう」

「あなたたちならそれができる。私はあなたたちを信じているわ」

「もったいなきお言葉……」

「恐らくあの運命の竜の力は、伝承にある≪運命の三女神≫と同じもの。クロト、ラケシス、アトロポス――あなたたちには話して聞かせたことがあったわね」


 アビスたちは頷く。

 彼女たちはあらゆる伝承を子守歌として育った。

 ≪運命の三女神≫の伝承もそのひとつであった。


「アトロポスを発動させてはならない。時間が勝負になる」


 アビスたちはその言葉の意味を正確に理解し、ミリザのもとへと飛び去った。

 彼女たちの背を見てミクリーンは微笑む。


「いい娘たちね」

「ええ、本当に。私にはもったいないくらいです」

「彼女たちはあなたが育てたのよ。ならそれはそのままあなたの価値になる」


 それはノーラにとって最高の誉め言葉であった。


 八百年の生のなかで、ノーラが成し遂げることができたのはただひとつだけ。それが三人の娘を育て上げたこと。他には何もできなかった。誰よりも強い力を持ちながら、何も達成することができず、人生の意味を見失っていた。彼女の肌の色と同じように、世界が無色に見えていた。だがあの子たちがそれを変えた。三つ子の赤ん坊が。それはこの世でもっとも弱い存在でありながら、もっとも強い存在であるはずのノーラを激しく揺さぶった。彼女の人生を根本から変えてしまうほどに。


 世界は色づきだした。


 赤ん坊の泣き声が、笑い声が、そのすべてが世界を鮮やかに輝かせたのだ。


「母様、世界は美しいですね」


「ええ、だからこそ神はその身を犠牲にしてもそれを守られたの」


 ミクリーンは神の愛の無辺を思う。

 我らが神、アルカ・ロンドの果てのない恩寵おんちょうを思う。


 神は失われた。二度と復活することはないだろう。原初の聖人に語ったという言葉。それは神のたったひとつの虚偽。人間たちへの優しい嘘。大いなる愛が世界を包んでいる。この世界が美しいのは、神の愛がそこに満ちているからなのだ。


「母様の父様が守った世界は、私たちが守り通します。私たち【魔女】はそのために在るのです」


 運命の竜の前に四人の【魔女】とひとりの【盾】が立ちはだかった。


 田舎の村の少年が【魔女】と共に運命に立ち向かっている。オーレンはそのことをもはや不思議とは思わなかった。場違いとも思わなかった。


 ひとは誰しも何かにその身を捧げている。


 自身がそのすべてを捧げるべきは【魔女】であるミリザ。彼女はその高潔な意志の力でどこまでも高く上り詰める。自身が正しいと信じることを貫き通す。ミリザが運命を断ち切ろうというのなら、何も迷うことはない、それを助けるだけだ。


 それこそが【盾】であることの意味。それが自身の運命であり、宿命であると思っていた。だが違った。それは自身の意志。誰に決められたものでもない、自らの決断。そのことが誇らしく、オーレンの全身にはかつてない力がみなぎった。


「行くわよ、オーレン」


 彼の【魔女】が告げる。


 鈴を転がすような美しい音色。

 しびれるような響きにオーレンは身を委ねた。



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