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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第四部 運命の竜編

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運命の竜編44 オリオンの娘

 いまより二十三年前――アルカロンド歴976年のこと。


「赤ん坊を食べるのね」


 ノーラの目の前にいるのは王であった。アルケイア魔導王国の支配の及ばない遥か辺境の地。毒の沼に囲まれた荒涼の王国――呪術国家ドミニオンの王である。


 名はカルグヘレナ13世。


 奇怪な風貌であった。その両目はやけに小さく、普通の人間の半分ほどの大きさしかない。眼球にも光はない。それはただの虚ろな空洞であり、その瞳は何も映してはいなかった。彼の本当の瞳は額にあった。巨大な≪第三の瞳≫――それが爛々らんらんと光り輝き、白い肌の闖入ちんにゅう者を見据えていた。


「何者だ……我の儀式の邪魔をするつもりか?」


 王は奇妙な声色でしゃべった。

 まるで腹話術のように、口の動きと声とがわずかにずれていた。


 王の前には祭壇があり、そこには眠ったままの赤子が載せられていた。

 それも三人である。三つ子の赤子であった。


「蛮神カルグ・ヘレナ……アルカ・ロンドやアリル・マリルとは比べ物にならない、小さき神々の一柱。こんなところで細々と生き延びて、代々の王に憑りついているなんてね」


「貴様……なぜそれを知っている」


「魔力を持って生まれた赤ん坊をにえとして自らの魔力の糧にすることも知っているわ。あなたはそのためにこの小さな国を創った。周囲を毒の沼に囲まれた、陸の孤島とも言うべき歪な王国を。おかげで見つけるのに時間がかかった」


「何者かは知らんが、我の邪魔をするというのなら命はないぞ」

「どうするというの」

「こうだ!」


 王は破壊の魔法を放った。だがそれはノーラの魔法障壁に阻まれた。


「なにっ!」


 この地に王国を開いてより四百余年、数多の赤子を喰らい魔力を高めてきた。それはいずれすべての神々を従え、唯一神となるため。果てない野望ではあったが、夢を見るだけの力は身に着けたつもりであった。


「貴様、【魔女】か」

「そう……だから、未来の【魔女】となるべき赤ん坊を食べることは許さない。あなたに死を与える」

「思い上がるな! 我は神だぞ!」


 ≪第三の瞳≫が光り輝く。王の身体が変化していく。蛮神カルグ・ヘレナの禍々しい姿へと。巨大な瞳を中心に、歪な肉塊から無数の蝙蝠こうもりの羽のようなものが生えている。その姿は神というよりは悪魔のようであった。


 挿絵(By みてみん)


「醜悪な正体を現したわね」

「消え失せろ!」


 瞳から膨大な魔力が放出される。儀式の地が白く染まるほどの圧倒的な力の奔流。まともに受ければ魔法障壁ごと押し流されてしまうだろう。


 だがノーラは静かに魔法を唱えた。


「アルカ・リバース」


 反射魔法は蛮神の魔法をそのまま跳ね返し、異形の怪物を跡形もなく消し去った。その地に残ったのは、ノーラと三つ子の赤子と、うずくまって震えている占星術師の老人だけであった。


「我らが神が……なんという……」

「あなたは王が神だと知っていたのね」


 赤子を生贄に捧げた老人は神の共犯者であった。


「オリオンの娘さえ食していれば……」


 夜空に輝く三連星が産み落としたとされる三つ子の赤子。それは伝承では千年に一度だけ生まれ、神の大いなる力となるという。蛮神カルグ・ヘレナの退化した二つの瞳を蘇らせ、あらゆるものを見通す≪全知の瞳≫を授けるという。


「くだらない伝承だけど、その子たちの力は本物」


 祭壇に捧げられた三人の赤子に果てしない魔力の広がりを感じる。

 無限の可能性が彼女たちのなかに渦巻いている。まるで小さな銀河のように。


「この子たちは私がもらっていく」

「あ、あなた様もその娘たちを……」

「生憎と私に赤ん坊を食べる趣味はない。全能の神を目指すつもりもない」

「ならばなぜ」

「この子たちは【魔女】として生きる。私の後継者として」


 この子たちにすべてを教えよう。いままで培ってきたもののすべてを。ひとは誰かに何かを受け継がせることができる。それこそがひとの素晴らしさ。魂を伝承する――ただその一点において、ひとは神をも超えることができる。


「我らはこれからどうすれば……」


 占星術師は呆然と空を見上げる。その瞳に星々の輝きはもう映ってはいない。無限の闇が重力をもって彼に迫ってくる。老人は闇に圧し潰され、飲み込まれそうであった。


「これからは空ではなく、大地を見ることね」


 ノーラは言った。


「神などに頼ることなく、自身の足で歩きなさい。しるべは自らのうちにある。神と決別し、自ら歴史を創りなさい」



 ☆



「アリア。あなたは見誤った。私への憎しみで。私の娘たちの力を。私はその子たちにすべてを与えてある。かつてあなたを封じた秘法も」


 ≪三華≫もまたノーラの伝承魔法によりこの世界に生を受けた。邪神の供物くもつとなるべきオリオンの娘として。だが邪神は滅び、彼女たちは新たな道を歩み始めた。ノーラが彼女たちに与えた三獄に咲く花の名は闇の中の希望を意味する。


 アビスたちの刻印が光り輝く。夜空に輝く恒星のように。星のもとに生まれた彼女たちは、大地を圧するほどの魔力の可能性を秘めていた。この子たちはいずれ私を超える。そう確信したノーラは彼女たちに自らの力を分け与えた。そのひとつがアリアを石へと封じる秘法。


「アルカ・ペトロ」


 三つ星が瞬いた。アリアは石像へと姿を変えた。物言わぬ石像は重力のままに大地へと落下していく。鈍い音が地を揺るがす。それは原初の魔女アリアの敗北の音であった。




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