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十三魔女と偽りの聖女  作者: 松茸
第四部 運命の竜編

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運命の竜編32 真実の書

 コーデリアス神聖帝国の聖都アルカーナでは竜襲撃の事後処理が行われていた。


 王宮は半壊状態であり、宰相バルミュートはアリアンヌによって瀕死の重傷を負わされていた。いまは床に臥せ、生死の境を彷徨さまよっている。実質的な支配者が不在となり、帝国は混乱の極みにあった。幼帝は泣き喚くばかりで何もできない。現在は内務卿のレスピアがバルミュートに代わり万事において指示を出していたが、状況は彼の処理能力を遥かに超えていた。


 教皇パルパルシアは神の遣いである竜が帝国を襲った事実に打ちのめされ、大聖堂の一室にこもったまま姿を現さなかった。そのためギルバートやエリスたちが人心の安定のために聖都中を駆けずり回っていた。


「どこもかしこも、惨憺さんたんたる有様であるな……」


 聖都の各所で竜が大暴れしたために聖都の街並みは様変わりしていた。多くの建物が全壊、あるいは半壊し、周囲一帯は瓦礫の墓場と化している。失われた人命も把握できないほどであった。おびただしい流血が惨劇の跡を黒く染め、これがかつての栄光ある聖都の一画であるとはギルバートには信じられなかった。


 ≪十二使徒≫の多くも竜によって半死半生のに遭っていた。カルドラ、シルドラ、タルタロス、ラケルナ、モンスーン、アルパシオ、ヴォルナーク……彼らはみな意識不明の重体であった。


 そして肉体的には無傷であるはずの残った≪十二使徒≫の面々も精神的には深く傷ついていた。何もできないままに【聖女】ソフィアを奪われてしまったこと――その無力感に日々打ちのめされていたのであった。


「ソフィアを助けないと」


 アッシュが半狂乱で騒ぎ立てるのを、ギルバートは必死で制した。


「何をどうしようというのだ。ソフィアがどこに連れ去られたのかもわからないのだぞ」


 無念ではあるが、いまは聖都を立て直さねばならない。

 この状況を放置してソフィアの探索に向かうなど、当のソフィアが許さないだろう。


 ギルバート、エリス、ローズマリー、コーラルの四名は、聖堂騎士団を率いて聖都の各所で人々の救護活動に力を注いでいた。だがアッシュはそんな気分になれなかった。そうしなければならないことが頭ではわかっていても、身体が言うことを聞かない。ソフィアのことが心配で胸が張り裂けそうだった。


 アッシュは馬にまたがり、聖都を脱け出した。


 ソフィアを連れた竜たちは王国の方角へと飛び去って行った。ならば自分もその方角へと向かおう。アッシュは闇雲に走った。だが慣れない道を彷徨ううちに夜になってしまった。馬も疲れ果てていた。


 アッシュは野営することにした。

 焚火たきびを起こし、簡単な食事を済ませて眠りに就いた。


 何かの気配でアッシュは目覚めた。自身に忍びよる気配。野盗か。瞬時にそう判断し、アッシュは聖剣イグニスを振るった。金属音が鳴った。イグニスは赤い刀身の剣に防がれていた。その持ち主はコーラルであった。


「危ないですね、アッシュさん」

「……コーラルか。よく追いついたな」

「早駆けは得意なんです」


 幼少期から騎士としての英才教育を受けているコーラルである。

 馬の扱いに関してはアッシュよりも遥かに達者であった。


「連れ戻しに来たのなら無駄だぞ。おれは戻らない」

「でしょうね。なら僕も一緒に行きますよ」

「どこへ行くっていうんだ。当てがあるのか」

「アッシュさんこそ何か考えがあって飛び出したんじゃないんですか?」

「おれはただ……あの竜が王国のほうへ飛んでいったから、そっちを目指していただけだよ」

「あの竜たちは王国の手先だと?」

「そうに決まってる! 汚い【魔女】のやつらが、ソフィアをさらったんだ!」


「それはどうでしょうね」


 コーラルは冷静に呟いた。


「何事も、決めつけるのは危険ですよ」


「なんだって?」

「僕らが見たなかに【魔女】はいなかったはずです。いたのは三匹の竜と、アリアンヌという吟遊詩人だけ。彼らが王国の手先であることを示す証拠はどこにもありません。そうじゃないですか?」

「だが……アリアンヌはアリアっていう【魔女】の分身だと言ってたじゃないか」

「そのアリアについて調べてみたんですが」


 コーラルは懐からやたらと古い本を取り出した。


「なんだこれ」

「大聖堂の禁書室から失敬してきました」

「おまえ、あそこは教皇以外立ち入り禁止のはずだろう」


「まあいいじゃないですか。これは『真実の書』というものです。著者名も禁書に指定された経緯も不明ですが、なかには興味深いことが書いてあるんです。創世神話において、神は十三人の魔女と竜の軍団を創造した、と」


「アリアンヌのやつが同じことを言っていたな。それが本当だってのか?」


「アリアというのは原初の魔女であり、神が創造した≪古の十三魔女≫の筆頭とされています。十三魔女は神々の闘争のあと、魔女の里にこもって暮らしていましたが、月の魔女ミクリーンを含む≪七曜の魔女≫がアルカロンドに出て、原初の巨竜イシュバーンを斃してその跡地にアルケイア魔導王国を開いたそうです」


「ややこしい話はやめてくれ。その話じゃ魔女と竜は仲間だったんじゃないのか? なんで魔女が竜をやっつけるんだよ」

「神が不在であるために竜の制御が効かないのだとこれには記されています」

「おい、団長やエリスが聞いたら怒り狂うぞ」


「でしょうね。でも幸いなことに、団長たちはここにはいません。ゲネス教では神はいまも天上におられることになっています。でもこの本のなかでは、神は死滅する大地を救うために自らアルカとなったのだと記されています。果たしてどちらが正しいのでしょうか」


「そりゃおまえ……」


 ゲネス教の教義のほうが正しいに決まっている。昔からそのように教えられてきたのだから。だが本当にそうだろうか? 神が存在するのならば、なぜ信仰深き人々の暮らす聖都があのような仕打ちを受けるのだ。≪血の粛清≫のような非道がまかり通るのだ。その思いはアッシュにもあった。


「ザラケストラのことを覚えていますか」

「ああ」


 かつてのゲネス教の大司教。≪血の粛清≫によりゲネス教に絶望した彼はベルダー教徒に転身し、邪神の力でもって世界を滅ぼそうとした。


「あのひとのやったことはまったく擁護はできませんが……でも、彼はひとつだけいいことを言いました。盲信は罪であると」

「ゲネス教の教えの全てが真実とは限らない……ってことか」

「この本にも、【聖女】の記載は一行もないんです。アリアンヌも言っていました。神は【聖女】をお創りになってはいないと。もしかしたら、それは本当のことなのかもしれません」


「だからなんだ」


 アッシュは言う。そんなことはどうでもいい。

 【聖女】がなんであるかなどアッシュには関係ない。


「ソフィアはソフィアだ」


 その言葉の力強さにコーラルは微笑む。


「ですね。僕たちがソフィアさんを助ける理由はそれで充分です」


 両者は顔を見合わせ頷いた。【聖女】も≪十二使徒≫も関係ない。自分たちがソフィアを助けようと考えるのは、ソフィアがソフィアであるため。


 ただそれだけで、それが全てであった。




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