運命の竜編16 千年祭までの猶予
アルカロンド歴というのはコーデリアス神聖帝国が定めたものである。そのためコーデリアスが建国された年をアルカロンド元年と定めている。
現在はアルカロンド歴999年の蛇の月(6月)であった。建国記念日は牛の月(2月)の12日。つまりはその日が建国より千年が経過した記念すべき日――千年祭が行われる日であった。
「それまでの猶予はできたみたい」
ソフィアは思う。最後の≪十二使徒≫は千年祭で見つかるという話をしたら、バルミュートは納得したようだった。これでいますぐにでも戦争という事態は避けられそうだ。だが、それでも猶予は半年程度しかない。期日が定まったことで逆にしっかり準備する期間を与えてしまったような気もする。
「ミリザ……それでどうしようというの?」
ソフィアは大聖堂で会ったミリザの姿を思い浮かべる。【魔女】は恐ろしい存在だと昔から聞かされてきた。残虐で、冷酷で、息を吸うようにひとを殺す――そんな存在だと。でもソフィアはミリザがそんな人間だとは思えなかった。彼女は美しく、気高く、そのために確かに近寄りがたい雰囲気はあるが、その魂の輝きはとても柔らかだった。それはソフィアがいままで見てきた魂のなかで、もっともやさしい光を放っていた。
ひとは嘘をつくかもしれないが、魂は嘘をつかない。ソフィアはそのことをよく知っていた。ソフィアがミリザを信じたのは、まさにその魂の輝きのためであった。あのとき、ミリザは言った。あとは私がなんとかすると。ならばそれを信じようと思った。【聖女】が【魔女】を信じるなんておかしな話だが、戦争を止めたいという一点において両者は同士であった。
「あなたのことを信じる。あたしもこっちでできることをする。でもあたしには多分戦争を止めることはできない。だからお願い。ミリザ――みんなを守って」
ソフィアは祈る。それは【聖女】の祈り。聖典にはこう書いてある。【聖女】の祈りは天に届くと。天上にいる神様のもとへ届くと。ソフィアはそれを信じ祈るしかなかった。
☆
封印の地ではミリザがはあはあと荒い息を吐きながら地に膝をついていた。
「【聖女】には会えたのですか」
ミリアスタの幻影が問いかけた。ええ、とミリザは言う。
「なんとか……≪神の瞳≫が大聖堂にあってよかった。そのおかげで、必要なことは伝えられました」
≪禁呪≫は時間と空間を支配する魔法――だが、思い通りに操れるような便利なものではない。下手すれば、広大無辺の時空を彷徨う旅人となり、永遠に帰還することは叶わない。何か目印となるものがなければ、狙った場所に到達することも容易ではないのだ。
「ならばまずは一歩前進というところだな」
フランメルの幻影が言った。ミリザは頷いた。≪禁呪≫を制御する過程で様々な過去と未来を視た。未来は不確定であり、多くの可能性に充ちていたが、共通しているのは、何もしなければすぐにでも帝国は兵を動かすということだ。バルミュートは最後の≪十二使徒≫が揃うまで大人しく待ちはしない。王国側の準備が不十分なうちに戦端を開き、世界を戦火に巻き込む。
「我らに肉体があればいいのだがな……すでに滅してしまった。それゆえそなたに負担をかけるが悪く思うな」
≪古の十三魔女≫は不老不死であったが、彼女たちはアルカロンドに出た際、それを捨て去ることを決意した。不死の存在は人の歴史に悪影響を及ぼす。彼女たちは自らその肉体を滅したのだ。だが思念は残った。彼女たちは思念となってアルカロンドを見守っている。神のように全能ではなく、全知でもないが、彼女たちは神から与えられた使命を忘れてはいなかった。
「人間たちが自らの手で世界を滅ぼすのであれば、それも仕方のないことではある。だが――」
ノーラによって人為的に引き起こされようとしている戦争は止めるべきだというのが六芒星の魔女たちの結論であった。帝国は元々王国を憎んでいる。ノーラの介入がなくてもいずれは争うことになるかもしれないが、それでもその時期はいまではない。
「私にはもっと力が必要です。訓練をお願いします」
ミリザは息を切らしながら言う。
「少しは休んだらどうだ。≪禁呪≫を使ったばかりであろう」
「だからこそです。いまなら何かをつかめそうな気がする」
「力を求めるは【魔女】の性か……おまえはノーラに打ち勝とうというのか。そのための力を求めるのか」
「いいえ、私が欲しいのはノーラに勝つ力ではなく、彼女を止める力。【魔女】の力はアルカロンドの平和のためのもの――かつてあなたがたが仰っていたことです」
ふふ、とミリアスタの幻影が笑う。
「その理念が八百年を経たいまも失われていないことを嬉しく思う」
「どうやら我らはよい後継を得たようだ」
「ならば我らも教えよう。かつてノーラに与えたもののすべてを」
「それを活かせるかどうかはあなた次第……ですが、私たちは信じています」
「あなたが私たちの力を受け継ぎ、それを正しく使うことを」
「さあ、杖を構えなさい。かつて私の手にあった≪氷の女王≫を。あなたはまだその杖の真の力を引き出せてはいない。それは神によって創られたもの。【魔女】が世界と繋がるための標なのです」
≪氷の女王≫が光り輝く。
すべてを凍てつかせる白い光は、仄かな蒼をたたえ、澄んだ音色を響かせていた。




