運命の竜編6 黒騎士
ミリザは封印の地を出るとノルド城塞に戻り、ダミアンに封印は開けられなかったと伝えた。
「何が≪鍵≫になるのか、クロエはあなたに話した?」
「いえ……クロエ様から詳しいことは何も」
ダミアンはそう答えたが、クロエは封印の魔法についてある程度まで調べを進めており、その内容はダミアンにも伝わっていた。クロエは言った。封印魔法の術式を読み解けば、≪鍵≫は無機物ではなく有機物である可能性が高いと。ダミアンはそれを長老会に伝えた。彼女たちは考えた。有機物だと? 何かの生物ということか。しかし永遠に生きる生物などはいない。だとすれば、それは何を指しているのであろう。
彼らは議論を重ねた。長老会の長、最長老オルディナはひとつの結論に達した。それは血脈のことではないだろうか。≪古の十三魔女≫の血脈。それこそが封印を解く鍵なのではないか。我ら【魔女】はすべてが六芒星の【魔女】の血族というわけではない。彼女たちの影響で自然発生的に生まれたものを祖とするものもいる。古の血脈はいまや薄れ、消えかかっている。だがそれは確かに存在するはずだ。それこそが≪鍵≫となる。
オルディナがその結論に達したとき、クロエが何者かによって殺害された。急いで【第四魔女】の後任を決めねばならなかった。秘密の任務の後釜も探さなくてはならない。
そのとき、オルディナの脳裏に過去のある噂が思い起こされた。それはかつての【第一魔女】ミリアムは月の魔女ミクリーンの血を引いているのではないか、というものだった。それはミリアムを神格化するための噂話であろうと思われていたが、その噂の根拠となっていたのは、月の魔女ミクリーンには≪未来視≫の能力があったという伝承であった。つまりミリアムの能力は隔世遺伝ではないかというのだ。
試してみる価値はある。【第五魔女】アスタ・ステラリテはまだ若く、【第六魔女】であるミリザを昇格させることに誰も異議は唱えまい。クロエの後任として、≪禁呪≫を手に入れてもらう。彼女自身が≪鍵≫となるのであれば話は早い。このようにしてミリザの【第四魔女】への昇格と、ノルド城塞への赴任が決定された。無論、最終的な決断は魔導学院長であるイルヴァンにあったが、イルヴァンとしてもこの人事は異論のないところであった。
ミリザはそれからも度々調査と称して封印の地へと赴いた。それと同時に部屋で鳥を飼い始めた。王都から取り寄せた青い鳥であった。名前をチッチと名付けた。チッチは言葉を覚える鳥であるらしい。ミリザはチッチに言葉を教え、チッチは様々な言葉をしゃべれるようになった。「おはよう」だとか「おやすみ」だとかの他愛もない挨拶の言葉であった。
「封印の地の調査はどうなっているのだ」
魔動通信でオルディナはダミアンに尋ねた。その声には多少のいらつきが含まれていた。一向に期待したような報告が聞けぬ。ミリザはいったい何をしているというのだ。
「度々調査に出かけてはいますが、成果は上がっていないようです」
「上がっていないようです、だと? おまえはミリザがそこで何をしているのか知らんのか」
「険しい山道ゆえ……私がついていくことは叶いませぬ。それに、遠くから様子を窺おうにも、騎士の二人が見張っております。彼らの隙を突くのは私には不可能です」
オルディナは舌打ちした。なんという役立たずだ。しかし考えてみれば当たり前であった。聖職者に裏仕事などを任せられるはずはない。ダミアンはあくまで連絡役にすぎない。ミリザを調べるのであれば、もっと腕の立つものが必要だった。
「仕方ない。黒騎士を派遣する。彼らにミリザを見張らせよ」
長老会が秘密裏に保持する戦力である黒騎士が派遣された。彼らはそれぞれ常人離れした異能を持ち、そのために裏仕事に適任であった。≪千里眼≫の異能を持つ黒騎士が、ミリザが封印の地へと入っていく様子を捉えた。やはり≪鍵≫はミリザ自身であったのだ。
「ならばミリザは我らを謀っておることになる。≪禁呪≫を我らに渡す気はないのであろう」
オルディナは怒り狂った。長老会の他の面々も同じであった。彼女たちがこのように怒る理由は、≪禁呪≫が若返りの秘術であると聞かされていたからであった。【魔女】が時と共に失うのは若さだけではない。魔力もそうであった。彼女たちは≪禁呪≫を自らのものとし、失われた若さと力を取り戻そうとしているのであった。
「≪鍵≫が≪古の十三魔女≫の血であるということがわかれば、もはやミリザは必要ない。黒騎士に始末させよ。そして……おまえにようやく役に立ってもらう時が来た」
オルディナの前にひざまずくは、【第九魔女】フロン・シューベルトであった。大した功績も持たない彼女がこの地位にあるのは、長老会の子飼いであるからであった。そして彼女には、もうひとつ、長老会に重宝される理由があった。それが六芒星の【魔女】、ゴーレルの血族であるということだった。いわば血統書付きの【魔女】である。長老会が彼女を可愛がっていたのは権威主義のためであったが、それがここに来て功を奏したようであった。
「黒騎士がミリザを始末したら、おまえは封印の地に入り、≪禁呪≫を持ち帰るのだ。そうすれば、おまえを六芒星の一角に加えてやろう」
「ありがたき幸せ――」
フロンは心中でほくそ笑んだ。これでいよいよ私も六芒星を名乗れる。アルケイア魔導王国で最高の栄誉である六芒星の【魔女】――その一員となるために、このような醜悪な老婆共の機嫌を取ってきたのだ。その甲斐もあったというもの。
フロンが欲していたのは名誉のみであり、そのために命懸けの任務などやる気はなかった。命を失っては名誉が手に入らないからだ。だから彼女がこれまでにこなした任務は易しいものばかりであった。長老会が裏で手を回し、彼女に危険な任務を行わせないようにしてきたのだった。




