運命の竜編2 第四魔女
ミリザ、と呼ぶ声で目が覚めた。
ぼんやりと目を開けると、そこには赤毛の少年の顔があった。
オーレンだった。
「どうしたんだ、ミリザ。ぼんやりして」
「え……」
ミリザは目元を抑えた。不思議な感覚が身体を包んでいた。
夢と現実が入り混じっているかのような。
「私……寝てたみたい」
ミリザは言う。夢を見ていた。とても現実感のある夢を。そのなかで、ミリザは母であるミリアムになり替わっていた。アリオスと共にワイバーンの討伐に出かけていた彼女は、そこで【白い魔女】ノーラと出会った。ノーラはそこで自身の目的を話した。これは夢ではないのかもしれない。ミリザはそう思った。上手く説明はできないが……これは本当にあった出来事。過去の一幕。ミリザはそれを体験したのだった。
「しかし、クロエが殺されるとはな……」
向かいの席に座っているスパーダが呟く。
内容が内容だけに、珍しく深刻な口調であった。
現在、ミリザたちは魔動列車でノルド城塞に向かっているところであった。
列車に揺られているうちにうたたねをしてしまったらしい。
凶報と吉報は同時にもたらされた。凶報とは【第四魔女】クロエ・キルザールの訃報であり、吉報とはそれに伴うミリザの【第四魔女】への昇格であった。
「本来なら、アスタが昇格するのが筋なんだけど、年齢のこともあるし、総合的に考えてあなたを昇格させたほうがいいって結論になったみたい」
ミリザの師である【第二魔女】テレサ・ゼムリアはそう言った。
「それが長老会と院長の判断ということ。クロエのことは残念だけど、辞令は素直に受け取りなさい」
「はい」
「まずはおめでとう、ミリザ。でも喜んでばかりはいられない。あなたには昇格に伴って新たな任務が下される」
「ノルド城塞に行けということですね」
「そう。クロエの任務を引き継ぐことになる。そして、それはいまこの王国内でもっとも危険な任務ということでもある」
「クロエを手にかけたものが私も狙うだろうと」
「そういうことね。相手はクロエだけでなく、【剣】のゼビアスと【盾】のレーンも同時に葬り去っている。彼ら以外の兵士たちに被害が出ていないのが不思議だけど、相当な手練れであることは間違いない」
くれぐれも気をつけて――テレサはそう言った。心底心配そうな顔で。自治区に向かうときはあんな顔はしていなかった。でも今回は違う。今回は本当に危険なのだ。敵は六芒星の一角を落とすほどの力を持っている。そのようなものを相手にしてはミリザとて無事では済まないだろう。
ミリザは出発の際、オーレンとスパーダにそう告げた。
帰ってきた反応は、だから何だ?というものであった。
「死んだらそれまでだ。老後の心配をする必要もなくなるしな。逆に助かるさ」
スパーダはそう嘯いた。
「ミリザが死ぬわけはないさ。だっておれが守るからな」
オーレンはそう言って拳を固めた。
ふふ、とミリザは笑った。
「そうね……まだ【第四魔女】になったばかり。私の目標は【第一魔女】だもの。こんなところでつまづいてはいられない」
「クロエの任務は蛮族の侵攻を防ぐことだったはずだが……それ以外にも何かあったのか?」
「そのようね。詳しい内容はノルド城塞についてから調べないといけないけど、どうもそれが今回の件に関係しているみたい」
「命を奪われるほどの秘密ってことか。やれやれ、そんなものと関わりたくはないんだが」
「でも気になるでしょう」
「まあそうだな。危険なほどに惹かれるのが秘密というやつだ」
「いったい何なんだろうな」
「さあ、テレサも知らないらしいから……噂によれば、長老会からの秘密任務らしいわ」
「もと【魔女】のばあさんどもか。あいつらは秘密主義だからな」
「それに権威主義でもある。名門キルザール家のクロエは彼女たちのお気に入りだった」
「クロエがいなくなったら次は伝説の【魔女】ミリアムの娘ってわけか? アスタが【第四魔女】に選ばれなかったのはそのへんが理由かもな」
「気に入らない理由だけどもらえるものはもらっておきましょう。厄介事も一緒についてくるのがいただけないけど」
「でもそれを乗り越えなきゃ【第一魔女】には辿り着けないわけだろ」
「そういうこと。つまり私たちに選択の余地はないってことね」
話しているうちにノルド城塞が見えてきた。アルケイア魔導王国の最北部に位置する堅固な城塞。そこはマイヨール城塞と同じように、≪加護なき大地の蛮族≫の侵攻を防ぐ目的で造られた。ただしこちらの方が歴史は古い。周囲を険阻な岩山に囲まれたその外観は、まるでおとぎ話に出てくる魔王の城のようだ。これからはミリザがそこに魔王として君臨することになる。
「魔王ミリザか。なかなかいい響きだ」
「兵士たちを溶岩の海で泳がせて、針の山で訓練させるのね」
「実に似合うな。ありありと想像できる」
「馬鹿言ってないで行くわよ」
ミリザたちを出迎えたのはかつてガルテア魔石鉱山でも会ったリッケンベルトであった。こちらでも警備隊長を務めているらしい。
「このような形でまたお会いするとは……」
「クロエのことは残念だった」
「これよりはミリザ様がここの城主です。なんなりとお命じ下さい」
「じゃあ、まずは現場を見せてもらいましょう」
ミリザたちはそれぞれの部屋に入るよりも先に、クロエたちが殺された現場を検証することにした。そこはノルド城塞の屋上であった。高い塔の上であり、そこからは≪加護なき大地≫の荒廃した様子が一望できる。
「ここで戦闘が行われた……」
わずかに血の跡が残っている。
ミリザがかがんでその血に触れた瞬間、世界が白黒になった。
「これは――」
周囲を見渡す。オーレンやスパーダ、リッケンベルトの姿が消えていた。その代わりに、クロエ、ゼビアス、レーンの姿が見える。彼らは戦闘中であった。
「これは……過去の映像……」
ミリザは瞬時にそう理解する。理屈はわからない。だが、恐らくそうなのだろう。クロエたちは強大な相手に立ち向かっている。その相手は――【第一魔女】ボルカ・エクレールであった。




