神聖帝国編35 純血の騎士コーラル
ザクレイたちを殺めた暗殺者は鱗の魔物であり、そのものたちはレビアタンにいる――クルーデル公にそう報告すると、ソフィアたちはレビアタンに向けて出発することにした。鱗の魔物たちがレビアタンでモンスーンたちを待っている間は、血の騎士狩りは行われないだろう。血の騎士たちはそのことを聞いて幾分ホッとしたような表情を浮かべていた。
「あのように残虐なものたちでも自分たちの命は惜しいと見えるな」
城を出たラケルナは皮肉を呟いた。
「どんなもののなかにも残虐さと寛容さが同居しております。そのいずれを引き出すかは、結局は旗を振るもの次第なのではないでしょうか」
ヴォルナークが言う。
「そういうものかもしれんな。大義だの名目だのというものが、取り返しのつかない悲劇を産み落とすのだ」
城下町で旅の支度をしていると、ある少年がモンスーンに話しかけてきた。
線の細い、気品のある少年であった。
「僕もレビアタンに連れて行ってもらえませんか」
「む……なぜ我らがレビアタンに向かうことを知っておる。お主は何者だ」
モンスーンがそう問うと、少年は自己紹介を忘れていたことに気づいたようだった。
「すいません、モンスーンさんのことは昔から知っていたので、てっきりモンスーンさんも僕のことを知ってるって勘違いしていました。僕はコーラルです。コーラル・グランガッシュ。父の名はザクレイです」
「ザクレイどのの息子か」
モンスーンは驚いた。それと同時に顔をしかめた。
「復讐というわけか。しかしそれは……」
「いえ、違います」
「なに?」
「レビアタンを見たいんです。僕らの親の世代が犯した罪を……しっかりと見ておきたいんです」
「それは感心な心掛けであるが……」
少年の言葉に嘘はないように思えたが、全面的に信用することはできなかった。
「だがそれは無理だ。この旅は危険なもの。連れて行くわけにはいかん」
「でも……」
「くどい。諦めるのだ」
モンスーンはそう言って少年から離れた。少年はモンスーンの背を呆然と眺めていたが、やがて彼の瞳になにがしかの決意が宿ったようであった。背を向けるモンスーンはそのことに気づかなかった。
「人数も増えましたし、馬車がもう一台必要ですね」
「そうだな。荷馬車を手配しよう」
「馬の名前はあたしが決めますよ」
ソフィアが目を輝かせる。新たな馬の名前はブチとパンダになった。葦毛でところどころ白い斑点がまだらにある馬がブチであり、白と黒の模様が混じった馬がパンダである。
「ブチはまあわかるが、パンダというのはなんだ」
「パンダっていうのは伝説上の動物ですよ。白黒の熊で竹を食べるそうです」
「妙なことを知っておるのだな……」
ブチとパンダが荷馬車を引くことになり、その御者はモンスーンが務めることになった。
「オールブラッドの次期領主に馬を引いてもらうとは心苦しいが」
ラケルナがおどけたように言う。
「別に構わん。大事な荷であるからな。吾輩に守らせてもらおう」
「私もなかで見守っています」
ローズマリーが言う。ギルバートは彼女と離れて少し悲しそうであった。
ソフィアたちはオールブラッドの城下町を出て、レビアタンに向けて出発した。半日ほど走り、昼食の休憩でもするかということになった。そのときになって、ローズマリーは荷物の中に小さなお客さんが紛れ込んでいることに気づいた。
「あら」
「……どうも」
二人は目を見合わせた。小さな闖入者はコーラルであった。小柄な身体を活かして荷馬車の荷の中に紛れ込んでいたのであった。コーラルは引っ張り出され、みんなの前に引き立てられた。
「まさか潜り込んでおるとは……」
モンスーンが唸った。
「連れていかんと言っただろう」
「ええ、なので自分でついてきたんです」
「ふむ。それは道理が通っているのか? よくわからんが……」
ラケルナが言う。
「見上げた行動力ですな」
ヴォルナークがおかしな褒め方をする。
「でも危ないのよ」
エリスがコーラルを嗜める。
「これから行く場所はどんな危険があるかわからない。あなたのような子供を連れて行くわけにはいかないの」
「僕はもう十四ですよ。歳ならそんなに変わらないでしょう?」
コーラルはソフィアとアッシュを見る。
「あたしは十七です。三つもお姉さんですよ」
ソフィアがえっへんと胸を張る。
「何を威張ってるんだか……」
アッシュが呆れる。アッシュもソフィアと同じく十七であった。
「それに、みなさんには僕を連れて行く理由もありますよ」
「どういうことだ?」
そのとき、コーラルを取り囲むソフィアたちの背後から、狼の魔物が襲い掛かって来た。ブラッドウルフと呼ばれる、血の騎士領に多く棲息している魔物であった。
「危ない――」
アッシュが叫んだ瞬間であった。
コーラルの手元から赤い閃光がきらめき、ブラッドウルフを貫いた。
みなが驚いてコーラルを見る。
コーラルが手にしていたのは刀身が赤く光る剣であった。
「まさか、それは――」
コーラルは頷く。
「これが本当の≪聖剣エマ≫です。父が持っていたのは模造品……そして僕が本当の適合者なんです」
モンスーンたちは驚いてしばし言葉を失った。聖剣エマの刀身はぬめりのある赤であり、それはまるで血に濡れているかのようであった。




