神聖帝国編33 栄光と解放
聖魔盤では、それぞれが同数の駒を使用し、駒ごとの特性を利用して勝負を進め、最終的に相手の王・あるいは皇帝を倒すことで勝敗が決する。帝国側、王国側が使う駒の種類は以下の通りである。
☆帝国 ★王国
歩兵4体 歩兵4体
銃兵4体 銃兵4体
砦2体 砦2体
騎士5体 騎士【剣】2体【盾】2体
聖女1体 魔女2体
宰相1体 宰相1体
皇帝1体 王1体
それぞれの駒には特徴がある。歩兵と銃兵は前に1マスずつしか進めず、攻撃は歩兵が1マス先のみ、銃兵は2マス先までである。砦は後面の3マスを守ることができ、騎士か魔女の攻撃でなければ壊せない。帝国側の騎士は聖女が近くにいれば力が強化される。王国側の魔女は【剣】と【盾】を両隣に置くと前方一列を焼き払う魔法攻撃が放てる……などなどのルールがある。
「しかし、ここで問われているのは、この遊戯の腕前というわけではあるまい」
ジャックルビーは盤面に目を落とす。盤面はすでに佳境を迎えている。聖魔盤は開始時の駒の配置もある程度自由に選べるために、どのような手順を辿ったのかは不明だが、一目で王国側が優勢であることがわかる。帝国側の戦力は半減している。残すは歩兵と銃兵が1体ずつ、騎士が2体、聖女が1体、砦が1体、宰相が1体、そして皇帝が1体であった。皇帝の前方には魔女がいる。皇帝に逃げ場はなく、それを守るものもいない。2体の騎士は聖女と共に敵地の奥深くにまで進攻している。次がどちらの手番であるにせよ、ここから帝国が逆転する道はなく、結果は王国の勝利で間違いないようだった。
「妙であるな。このように帝国側が敗北する盤面を残しておくとは」
見たところ、この聖魔盤は聖魔戦争直後にマグマレン自治区で発売された初期のものであるようだった。戦争の結果を見ても分かる通り、戦力的に王国側が優位であることは間違いないのだが、帝国でこれを遊ぶ際は帝国側に有利なルールを追加し、戦力をある程度互角にするのが基本のはずであった。
「だが、これは初期設定のままのようであるな」
そうでなくてはここまで圧倒的な結果にはならないであろう。それに、この盤面には他にも奇妙な点がある。帝国側の宰相が皇帝よりも安全な場所にいるのである。宰相1体のみが、砦の背面に隠れている。通常であれば、そこには皇帝を配置するのが筋であるはずだ。宰相の生死などは勝敗になんら関りがないのだから。
「そもそも……この宰相というのはなんなのであろうな」
聖魔盤においてこの宰相の駒は謎のひとつであった。この駒には敵を攻撃する能力がないのである。ただ1マスずつ動き、逃げ回ることしかできない。他には身を挺して王を守るくらいか。それに何の意味があるのだろう。この聖魔盤を作成したものは、何を考えてこのような駒を作ったのであろうか。
ジャックルビーは宰相の駒を見つめる。皇帝が討たれようとしているのに、ひとり砦にこもって我が身の安全を図っているその姿……これはひょっとして、現宰相のバルミュートを指しているのだろうか。
「あるいは……我が身に見立てているのか」
クルーデル公自身に。盤面全体を見渡せば、聖女とその騎士は敵陣の奥深くにまで進攻し、相手の王に肉薄している。戦況は不利ではあるが、仮に皇帝が倒れた後も戦闘が続けられるのであれば、聖女と騎士は王の首をとることができるかもしれない。
「それが狙いか」
何を勝利とするかはひとによって違う。立場によって、とも言えるが。本来は皇帝が倒れれば帝国側の敗北であるはずだ。だが、仮にそれが敗北条件にならないとすれば。皇帝が倒れた瞬間、その役割が宰相に引き継がれるのであれば、話は変わってくる。皇帝が倒れた隙に相手の王を倒すことができれば、最終的な勝利は帝国側にもたらされるのではないか。この盤面を構築したものは、そのことを言いたいのではないか。
聖剣グロリアと聖剣リベラシオン。
その名称の意味するところは、栄光と解放。かつて光の騎士領にあり、輝かしい栄光の象徴であったもの。血の騎士たちは聖魔戦争において大した戦績を上げることはできなかった。少なくとも、光の騎士たちに比べれば。血の騎士たちは光の騎士たちを讃える裏で、憎しみの炎を育てていたのだろう。それが≪血の粛清≫に繋がった。ジャックルビーはそう見ていた。
クルーデル公は光の騎士領を滅ぼし、その由緒ある名称すらも奪った。鱗の騎士領などと呼んで貶めた。そして彼らの栄光の象徴である聖剣を奪った。栄光と解放の意味を持つ二振りを。そしてその二振りを秘匿する場所にこのような盤面を残した。ならば自ずとその意味も知れる。
「仮にクルーデル公がこの宰相を自身に見立てているとすれば、栄光とはすなわちこの宰相の駒のこと。そして解放とは皇帝の死。帝国内で最大の権力を持つものが死することで、クルーデル公は二番手の地位から解放される。彼自身が帝国の長となり、栄光は彼の頭上に輝く」
愚かな道理である。
あの老人は死の間際になってもいまだ権力と栄光を欲しているのだった。
「だが、それこそがひとというものか」
ジャックルビーは盤面に対応したマスから聖剣を抜き取る。宰相のマスからは聖剣グロリアを、皇帝のマスからは聖剣リベラシオンを抜き取った。感触でわかる。これらが聖剣で間違いない。
「さて、ソフィアよ。聖剣は手に入れた。これを有用に使えるかどうかは、そなたにかかっている。アルカロンドの命運もな。期待してもよいのであろうな」
そう言ってジャックルビーは再び盤面に目を落とした。
彼の視線の先にあったのは【聖女】の駒であった。




