神聖帝国編20 カフカとタランナップ
孤影団のアジトは戦乱の時代に建てられた砦の廃墟であった。かつての名前をタラゴン砦という。他の多くの砦と同じように、ところどころが破壊され、朽ちていたが、少し手を入れれば雨露をしのぐ程度のことはできた。100人近い大所帯となった孤影団を収容できるくらいの広さはあった。
孤影団の面々は現在は食事をとっていた。
火をおこし、鍋に肉やら野菜やらを溢れんばかりに詰め込んでいる。
「カフカの旦那。できましたぜ」
孤影団のひとりがカフカに鍋の具材が入ったお椀を持ってきた。
うむ、と頷いてカフカはそれを受け取った。
「タランナップの旦那も」
カフカの隣に座るタランナップにも同様に椀が渡される。彼らに椀を渡した団員は大テーブルのほうに去っていく。そこでは大勢が酒を飲みながら楽しそうに騒いでいた。
「我らもいただくとするか」
「そうですな……」
カフカとタランナップは椀に口をつける。何の食材が入っているのかはわからないが、味は悪くなかった。いろんなものがごった煮となって、渾然一体となった旨味が感じられる。空腹は何よりの馳走であり、この地に来てからのひもじさを思い返せば、どんなものであっても美味しく食べられるのであった。
「我らは何をしておるのでしょうな」
タランナップが呟く。その思いはカフカにもある。我らはこんなところで何をしているのか……しかしそれは考えても仕方のないことであった。
カフカとタランナップはかつて≪エニグマ≫という組織にいた。カフカが首領であり、タランナップは幹部であった。彼らはマグマレン自治区の大商人メリクレオスの支援を受けて、アルケイア魔導王国内で魔動エネルギーを利用した軍事兵器の研究開発を行っていた。≪魔女狩り≫と呼ばれる実働部隊を配下に持ち、メリクレオスの裏仕事を請け負っていた。れっきとした犯罪であったが、彼らには崇高な目的があった。誰もが自らの力で高みに上ることができる新世界を創ること。生まれつきの才能や家柄などに左右されない、個人そのものが価値を持つ時代を創ること。それが彼らの目的であった。
だが彼らの崇高な目的はひとりの【魔女】によって阻まれた。モニカ・エレメント。縁のない丸眼鏡をかけ、金髪を三つ編みにした少女。彼女の極大魔法によってカフカたちの研究の精華である魔動兵器タイタンは焦げた鉄屑と化した。その後、彼らは何者かに囚われ、この地に捨て置かれたのだが……
「どうも記憶が曖昧で思い出せんのだ。我らはあのあとどうなったのか」
「私もです……何か、森のなかの神殿のような場所に連れていかれたような気はするのですが……」
「そう……巨大なかがり火があって……」
「老人と女がいたような……」
「思い出せるのはそこまでなのだ。それ以上のことを考えると、頭にもやがかかったようになる」
「首領もですか……実は私もそうなのです……」
カフカとタランナップは互いを見つめてため息をついた。毎日のように失われた記憶を取り戻そうと試みるのだが、それが実を結ぶことはなかった。彼らの鮮明な記憶は荒野で倒れているところから始まる。孤影団の団長であるフォックスが倒れている彼らに近づいて、金目の物がないか懐を探っていた。金銭は何も持っていなかったが、カフカの懐中には小さな琥珀が入った袋があった。昔からずっと肌身離さず身に着けているものだった。フォックスは袋から琥珀を取り出して日の光に透かして眺め、安物だな、と呟くとその場を離れようとした。だがカフカの手が彼の足をつかんだ。
「それは……私のものだ」
「起きてたのか、おっさん。寝たふりしてたほうが利口だったんじゃねえか? そうすりゃあ命までは取られなかったぜ」
やれやれ、といった感じでフォックスが言う。殺しは面倒だが必要とあれば辞さない。それが野盗というものだ。無法者であるということは、律義に法を守って暮らしている人間よりも遥かに多くの選択肢を有しているということを意味する。行き倒れのおっさんを殺すことも、もちろんその選択肢のなかに含まれていた。
「その琥珀は君には大した価値はないはずだ。売ったところでいくらにもならん」
「それでもいくらかにはなるだろう。ならもらっていくさ。あんたが邪魔するってんなら、あんたの命もついでにいただくまでだ」
フォックスは琥珀を持つ手とは逆の手でナイフを取り出した。それでもってカフカの喉をかき切ろうと考えたのだが、そのときカフカから興味深い提案がなされた。
「それよりももっと価値のあるものをやろう」
「ほう、あんたは何も持ってないと思ったがな、どこかに隠してたのか」
「ここだよ」
カフカは自身の頭を指差した。
「私の頭脳を提供してやろう。だから琥珀を返してくれ」
このようにして、カフカとタランナップは孤影団に協力することになった。カフカは彼らに火薬の作り方、爆薬の作り方を教えた。もっと整った設備があれば拳銃なども作れるのだが、そこまでは望みすぎだった。もちろん魔動エネルギーなども手に入らない。現在地が帝国内であると聞いてカフカたちは驚いた。いつの間に国境を越えたというのだろう。かなりの期間の記憶が失われているようだった。
「なんとかして王国に戻らないと……」
タランナップは言う。しかし王国内のエニグマの施設はすでに抑えられているだろう。今更戻ったところで捕まりに行くようなものである。ならば、帝国内で再起を図るというのはどうだろう。カフカはそう考えた。フォックスたちに様々な知識を提供し、小さな村から略奪を繰り返しているうちに孤影団は大所帯となっていった。いまではカフカたちはフォックス団長の参謀という扱いであった。
「もっと規模を大きくしていけば、やがてはエニグマを再興することも可能かもしれんな」
「おお、首領はまだ諦めていなかったのですね」
「正直諦めかけてはいたが……」
カフカは懐から琥珀を取り出す。そして目を細める。
「昔のことを思い出したのだ。エニグマを創ろうと考えた日のことを。それを思い出してしまったら……もう忘れることはできん。これは我が使命であり……大切なものとの約束なのだ」
「その琥珀に関係しているのですか」
カフカは頷く。
「まあ、過去は置いておこう。いまはこの先のことを考えなければ」
「何か腹案があるのですか」
「そうだな。いつまでも小さな村を襲うばかりでは芸があるまい。人数も増えてきたことでもあるし、ここらで大きなことをするべきだな」
「ほう、具体的には何をするんだ」
カフカの話を聞きつけて、フォックスがやってくる。
酒が入り、顔が赤らんでいる。
「おおい、みんな! 我らが参謀に新たな計画があるらしいぞ!」
おお!と歓声が上がる。その響きにカフカは昔を思い出す。
「みんなも期待しているみたいだ。何を企んでるのか教えてくれ」
ふ、とカフカは笑う。
「それは構わんが、果たして諸君らに実行できるかな」
カフカの声に以前の自信が戻ってきていた。不敵な笑みとあいまって、聞くものの心を強く揺さぶる。野盗たちは心に火をつけられたように感じた。何か自分のものではない力が身体の奥から湧き上がってくるようであった。
「やってやろうじゃねえか!」
「おう、そうだそうだ!」
「おれたちに怖いものなんかねえぜ!」
野盗たちの気勢にカフカは満足そうに笑う。フォックスも同様であった。
「この通りだ、参謀。さあ、計画を聞かせてくれ」
「よかろう。我らの次なる狙いはガラム塩湖だ。あの場所には塩よりも貴重なものが眠っておる。我らの力を結集し、それをいただくとしよう」




