らくな仕事
「あそこでおれが助けてなかったら、おまえはここにいねえんだ。おまえがやるのは当然だろ?」
何度か『仕事』を失敗したあと、トッドがどこからら引き受けてきたのは、ただ、男のあとをつけて街中をあるいてこい、というものだった。
つけて脅すのか?ときいたらトッドもおかしな顔で首をふり、「ただあとをつけるだけでいいんだと」その男を遠くからとった写真を、ダイナーのテーブルに放り投げた。
「女か?」
ピントのあっていない写真でも、若くて美人だということはわかる。
「いや、男で、やたらきれいな顔らしくてな。歩くときはマフラーに半分顔をかくしてるらしい」
「それじゃつけるときにわからねえよ」
「この日にこのホテルの裏からこの時間に出てくるから、それをつければいいってはなしだ」
手書きで時間と地図が書かれた紙も放り渡す。
「有名人なのか?写真でもとれって?」
「いや。つけるだけだ。なんかの宗教なのかもな。あの女、『教祖』さまの《遺志》をついでどうたらって言ってたけどよ」《遺志》ってなんだ?というトッドの言葉は無視し、その写真をみなおした。
《遺志》ってことは、こいつが教祖ってわけじゃないのか。
「そういう仕事だから、こんな楽なのに、嘘みてえに金がいいんだ」
「 ―― おい、なにかの罠じゃないだろうな」
「いや、こういう仕事を頼むときの相場がわからねえのさ。いいスーツを着た金をもってそうな女だったが、こっちが煙草をだしたら、すげえ顔をしかめてた」普通の煙草だってのによ、とトッドはクスリのはいった《ファン》と半分入れ替えている普通の煙草の箱をふってみせた。
おれがじかに会っていたら、きっとその女は《ついてるヤツ》だというのがわかったろう。おれのこの特技のことは、いまだにトッドに言っていないし、言うつもりもない。
「まあ、いいよ」とおれはその仕事をひきうけた。その場でトッドがおれに渡したのは、きっとずいぶんピンハネした額だろうが、それでも多かった。
にやけた顔のトッドをみながら、うんざりした思いと、報酬の多さが気になって、すこしだけ周りに注意すればいい、ぐらいの気持ちで、その仕事の日をむかえることになった。