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何がどうしてこうなった? ~公爵家夜会での、とある伯爵の右往左往~

作者: 瀬嵐しるん


伯爵家の嫡男に生まれて四十年。


平凡な私は、時代の変化に翻弄される苦労はあったものの、周囲の協力を得てなんとかやってきた。

近年は領の産業も順調で、懐も温かい。

賢く穏やかな性格の妻とも睦まじく、家庭内は平和だ。


三人の子供にも恵まれた。

嫡男は嫁をもらい、すでに男子の孫がいる。

次男は親戚の子爵家に婿に行って、円満にやっていると聞く。


末っ子の長女であるが、この子は妻に似て、なかなかの美人だ。

学園での成績も悪くなく、マナーも人並み以上。

そして気立ても良いので、うちより上位の貴族に望まれても、胸を張って嫁に出せる。

可愛い末の娘でもあるし、婚約者を決めるのは学園の卒業後でいいだろう、と私は正直、油断していた。


ところが、家族だけの卒業祝いの席で、初めてのワインを飲んだ娘が豹変したのだ。

正に野生にかえったとしか言えない有様で、奇声をあげて階段を駆け上がったかと思えば、三階の屋根から飛び降りる始末。

これは死んだか、と覚悟して庭を覗くと、更に元気よく走り回った挙句、噴水に飛び込んで力尽きたのか、寝てしまった。


あわや溺死しそうなところを助け上げ、使用人たちに風呂と寝かしつけを頼んで一件落着……とはいかぬ。


酒乱である。紛うことなき酒乱の娘。

この子の将来をどうしたものかと、妻と一緒に一晩中頭を抱えた。



翌朝、何も覚えていない娘に、禁酒を言い渡した。


「貴女は体質的に、お酒を飲まない方がいいわ」


と妻がやんわり注意。


「まあ、昨夜はご迷惑をおかけしてしまいましたか?

申し訳ございません。何も覚えていないのです……」


二日酔いの兆候も見せぬ娘が、心からの反省を言葉にする様はまるで聖女。

いや、本当に同一人物か、と疑ってしまう落差だ。



さて、悩んでいても日は過ぎてゆく。

お宅の娘は婚活中だろ、とばかりに夜会の招待状も続々届く。

断れそうなものは断るが、派閥のトップである公爵家からの招待状は当然、無視できない。


娘の侍女には、絶対に側を離れないよう、間違っても酒を飲ませないよう、きつく言いつけた。

侍女は真面目な顔で「必ずや!」と誓ってくれる。



ところで、この侍女は娘と同い年で、遠縁の子爵家の子だ。


なかなか感心な娘で、子爵家の家計を助けるためにメイドに雇って欲しいと自ら願い出てきた。

話してみれば、なかなかに知的であり、教育を受けさせないのはもったいないと感じた。

ちょうど学園に上がる前だったので、長女の学友兼侍女として一緒に通わせることにしたのだ。


同級生として学び、切磋琢磨しながらも、彼女は長女の面倒をよく見てくれた。

彼女は、自分は婚姻せずに、長女の嫁ぎ先について行って面倒を見てくれるつもりらしい。

しかし私としては、良い相手が見つかれば我が家で婚姻の世話をしてもいいと考えていた。


公爵家の夜会には妻の発案で、長女と侍女に揃いの衣装を着せた。

まるで姉妹のようで、見ていても和む。

しかしこれは、長女を目立たせないための作戦らしい。

一歩控えて主人を引き立てようとするあっぱれな侍女に『今日は一歩前へ、を心がけるのよ』と妻がそっと耳打ちしていた。



メインゲストのダンスが終わり、フロアが花のような令嬢をエスコートした令息たちでいっぱいになる。

侍女にも、今夜は夜会を楽しむよう言ってあるので、申し込みを受け踊っていた。


公爵家のご嫡男とは、二人とも踊っていただいたようだ。

主催した家の面目上、伯爵家以上の招待客の令嬢と次々に踊っている。

うちの娘は確かに美人だが、色とりどりの花の中で抜きん出ているかといえば、冷静に考えて、そこまでではないと思う。

だから大丈夫なはず。

公爵家のご嫡男が、特にうちの娘に興味を持った素振りは見えない。

大丈夫、大丈夫と、私は自分に言い聞かせた。


やや儀礼的なダンスタイムが終了すると、勢いのあるご令嬢は目当てのご令息に殺到する。

メインゲストの一人である辺境伯家のご嫡男と、公爵家のご嫡男は一二を争う人気で、このお二人に誘われたいと、令嬢たちが群がっていた。



娘と侍女を見れば、久しぶりに会った学園の友人たちと語らい、甘い物など食べて笑い合っていた。

はー、やれやれ。この分なら今夜は無事に終われそうだと安心した矢先、事態は思わぬ方に動いた。


「伯爵、少しお話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」


すっかり踊り疲れたのだろう。

フロアを抜け出した公爵家のご嫡男に声をかけられた。


「ええ、もちろんです」


平静を装ったものの、内心ドキドキである。


奥まった応接室に案内され、香りのよい紅茶が出される。

しかし、私に話とは……少しも心当たりがない。

あったとしても、出来れば無かったことにしたい。


「伯爵のお嬢様と踊らせていただきました」


「お相手頂き、ありがとうございました」


「こちらこそ。それで……」


令息は言い淀む。

これは、まさか。

もしや、うちの娘に一目惚れとか言い出されるのか?


ありがたいが、酒乱のあの子では何をやらかすかわからない。

そんな爆弾を公爵家に送りつけるようなことをしたら、伯爵家はおろか血縁関係者の隅々にまで迷惑をかけるかもしれない。

私は非常に焦り、娘を夜会に伴ったことを後悔した。


しばし、沈黙がその場を支配する。


「あの」


沈黙を破ったのはご令息。


「実は、先ほどのダンスで一目惚れをしました。

自分でも、一人の女性にこんな気持ちを抱けるなどと信じられないほどに恋に落ちてしまった。

しかし、私の立場上、簡単に婚約を打診するわけにもいかず、まずは伯爵に相談をと思いまして」


おっ、ご令息はお若いのに冷静だ。

これはまだ、断るチャンスがあるということか?


「もちろん、彼女を諦める気はありません。

恋は一度きりのもの。自分を裏切って、真摯な人生は送れない」


あああ、何という若いことを。

時には裏切りも必要ですぞ、と言ってやりたい。


「ですが、誤解があって話がこじれても面白くない。

もしも、彼女を不幸にするならば、私は身を引く覚悟です」


彼女は不幸になるかかどうかわからないが、私は間違いなく不幸になると思います。


「彼女……伯爵家のご親戚という女性には、婚約者がいるのでしょうか?」


「うちの娘はまだ婚約者がおりませ……え? 娘ではないほうですか?」


「ええ。堂々とした態度も良かったが、伯爵令嬢の世話をする姿も美しかった。

妻にするならば、あのような女性をと胸に描いていた理想の方なのです」


あー、それはなんかわかります。

ああいう良妻賢母系、むしろ最近じゃ新しいよね。

よし、おじさんに任せなさい。


私は安心感からか、変なスイッチが入ってしまった。


「あの娘は、親戚から預かっていまして、今は侍女という名目で行儀見習いをさせております。

ですが、たいへん優秀なので、我が家の養女にしたいと考えておりましたところで」


公爵子息の顔が綻ぶ。


「伯爵家と是非、お近づきになりたいものです。

そのお話が進みましたら、真っ先にお知らせくださいますか?」


「はい、もちろんです」


私は公爵令息と、握手をして別れた。



あー、よかったよかった、これで公爵家との今後も安心。

家に帰ったら祝杯だ、と機嫌良くしていたら、件の侍女が青い顔で小走りに近寄って来た。


「申し訳ございません。お嬢様を見失いました」


「え?」


公爵家令息に見初められる心配だけは無くなった娘だが、若い女性の一人歩きは普通に危険。

すぐに公爵側に連絡をとり、娘を探してもらった。


しばらくして見つかった娘は、なんと迷子になって公爵家のプライベートエリアに入り込んでいた。


しかも、噴水に飛び込み、笑っている。

これは、間違えて酒を飲んだな。

どこかで伯爵家終了の鐘の音が鳴ったような気がする。


しかし、よく見れば彼女は一人ではない。

なんと、辺境伯家のご嫡男が同じように噴水の水に浸かり、娘の笑い声を打ち消すほどに豪快に笑っているではないか。


「伯爵、これは失敬。お嬢様と立派な既成事実を作ってしまいました」


既成事実!? 

確かに、婚約者でもない身分ある男女が二人だけでいたというのは大醜聞である。

いや、それはともかく娘の酒乱が世に知れてしまう!


「いやあ、ダンスの時は楚々としたご令嬢でしたが、お酒を飲むとこんなに楽しい方だったとは」


あんたが飲ませたんかい!


「少々の酒乱など、うちの領地ではどうということはありません。

きっと楽しくやっていけますよ。

私は、人を見る目には自信があるのです。

是非、婚約をお許し願いたい」


おや? 問題は全て片付いた、のか?



翌日、娘二人に改めて訊ねると、どちらも相手に不足はないとのこと。

その後は順当に手続きを踏み、無事に二人を嫁がせたのである。


辺境伯領に嫁いだ娘は、案外、環境に馴染んだようだ。

軍を持つ辺境伯家のこと。

先ずは護身術を、と勧められるまま鍛錬を始めると、なかなかの才能を発揮したという。

身体を鍛えた結果、アルコールにも強くなり、飲んでも暴れることなく程よい酔っ払いになるだけだと、婿殿が手紙で教えてくれた。

豪快な雰囲気の彼だが、私の心情を慮ってくれるあたり気の使い様が細かい。

私は娘の幸せを確信した。



一方の養女にした娘はといえば。

実は、彼女の姑になった公爵夫人は気難しいので有名だった。

マナーにも厳しく、付け焼刃では通用しない。

その辺は心配していなかったのだが、相性がどうかというのは一緒に暮らしてみなければわからないものだ。


元々、侍女として主人の嫁ぎ先についていくつもりでいた養女である。

その性質が丁度うまく、公爵夫人の気性にはまったようだ。

貴女と張り合う嫁でございます、というところが欠片もなく、常に控えて姑を立てる。

公爵夫人が風邪で臥せった時には、率先して甲斐甲斐しく看病したそうで、すっかり気に入られた。

快癒した公爵夫人から、我が家あてにお礼状を頂いたくらいだ。


ただ、あまりに嫁姑の仲が良く、養女の夫であるご嫡男とお姑様で嫁の取り合いになっているらしい。

しかし、それは私が悩んでも解決しない問題のはず。

とりあえず、これにて一安心……なのである!




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テンプレなら子爵令嬢がやらかすんだがキレイにおさまったなぁw
三階の屋根から飛び降りて何で無事www めっちゃ好きですこの話!
めっちゃよかった〜 お父様頑張った!
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