新しい仲間
月日は流れ、あれから10年。私は16になった。あの日山羊さんに本部に連れてこられてから「シン」という名前で仲間入りをした。今では無事訓練を終え、一人前の人間殺しとして活動している。
「。。。シン」
おわっ!
「びっくりした。。。いきなり背後に立たないでくれよチカ。」
「ごめん。。」
苦笑しながら後ろに立っている同期の男を見上げる。やはり自分が女であるがために周りの男たちとは身長の差がついてしまった。
「どうしたんだ?」
「あのね。。俺実はグループに入って活動することになったんだ。」
驚いて目を見張る。
「そうなのか?」
私は個人で活動しているがアジトの中にはグループを組み複数人で活動するものもいる。それ自体は珍しくないのだが。。
「お前大丈夫なのか?」
不安そうに俯くチカはとんでもなく人見知りなのだ。
「が。。がんばる。。」
自信なさげな様子を心配しながらも元気づけるように微笑んでポンっと背中をたたく。
「あぁ、頑張れ。」
少し微笑んでからじゃあねといってチカは戻っていった。
少し息をつく。今夜は少し遠くの街まで行く任務がある。一刻も早く人間のアジトを見つけなければ。いつも通りの服に着替え懐に銃を忍ばせる。カレンダーを見て今日が満月であることを思い出す。そうか今日は人間に化けることができないのか。角が生えていないことがばれぬように深く帽子をかぶる。そうして今夜も人間を殺しに夜へ踏み出した。
指定された街に早足で向かう。
。。。このあたりか。
今夜ばかりは人間の恰好をして紛れ込むことができない。慎重に動かなければ。建物が見えてきて近くまで忍び寄り様子をうかがう。
。。。
物音がしない。どういうことだ?
街の通りに踏み出す。あかりは灯っておらず静まり返っている。
人間どもは逃げたのか?とすると。。情報が漏れた?いや、そんなはずが、、
「!!」
暗闇の中何かが動く。目を凝らすと武装した人間がいた。やはり情報が漏れたのか。20人ぐらいか。まだこちらには気づいてないないがこちらに向かってきている。
「まずいな。。」
いくら夜とは言えどあんなにたくさん相手にしていたら無傷では済まないだろう。どこかに隠れねば。あたりを見回しながら後ずさると足に何かが当たった。見下ろすとマンホールの蓋がずれ小さく光が漏れている。中から音はしなかった。他に隠れる場所もない。いったんこの中に入ろう。蓋を小さく開け隙間から覗いて誰もいないことを確認すると音をたてないように飛び降り素早くふたを閉める。上を人間たちが通り過ぎて行った。息をつき警戒を解いた刹那、視界の隅で何かが動いた。ぱっとそちらに銃を向ける。
すると大きめの空き缶からひょいと何かが顔を出した。目を凝らしてみるとそこにはかわうそもどきがいた。少し迷い話しかけてみる。
「なんでそんなところにいるんだ?」
「え?だって僕、穴が好きなんだもん。」
「。。。そうか」
嘘だな。どうせ人間から隠れてここで生活をしていたのだろう。無理もない。奴のようなカワウソとのハーフは人間と戦うすべもない。また缶に潜って遊び始めたかわうそを横目に見ながら銃を下ろし、改めて中を見回した。目に入ったのはティーカップ。やかん。椅子。鍋。どれももどきには手に入らないような高価なものばかり。子もどき隠しというもどきの子供を保護している施設があったことを思い出し、持って帰って寄付しようと埃を手で払い、袋に詰めながら声をかける。
「おいかわうそ。ここには人間が住んでいたのか?」
かわうそはまだ缶から出たり入ったり遊びながらものんきに答えてくれる。
「人間んねぇ〜今も住んでるよ〜?」
「なっ?!」
慌てて銃を構えなおす。
「どこにいる?!」
見つけ出して殺さなければ。
「教えな〜い。だって教えたらおにーさんその子殺すでしょ?」
こいつは何を言っているんだ?
「当たり前だろう。人間だぞ。」
そういいつつもかわうそが言ったことに違和感を覚える。
「。。。子供なのか?」
「うん。」
私の中に迷いが生じた。
「親は?」
「あの子を置いて安全な所へ逃げたよ」
やはりそうか。こうなってしまった世界で子供より自身の安全を優先するものは少なくない。子供は逃げるのに邪魔なのだ。
「4歳ぐらいの女の子だ。家の中の食べ物ももうすぐ尽きるし、ほっといたらまず間違いなく死ぬだろうね。」
そうか。わざわざその子を殺す必要があるか?。「いいや。その必要もないな。相手は子供だ。その子が大きくなる前に私が世界を変えて見せる。だがこのままだと何もせずとも死んでしまうな。どうしたものか。
「。。ここらに人間の子を保護している施設はあるか。」
今度は傘立てに潜り込もうとしていたかわうそがひょいと顔を上げる。
「人間の住処に潜り込むの?正気?」
「それ以外に方法が?」
「ないけどさー。たかが人間の子供一人におにーさんの命を危険にさらす必要はないでしょ。」
その通りだ。第一、人間を殺害しまくっている私がすることではない。だが。。。
「それではその子供を見殺しにするのか?」
話しぶりからうすうす気づいていた。奴はその子に情を抱いている。が、助ける方法がなくてこんなところでうろうろしているのだろう。このまま子供の居場所を聞き出すのも難しくはなさそうだ。私の言葉を聞いたかわうその動きが鈍くなる。それを目の端に止めながら追い打ちをかける。
「子供には未来がある。その未来ごとその子を消してしまいたくないからお前はこんなところにいるのだろう?」
かわうそは動きを止める。それからゆっくりと傘立てから出てきた。
「僕にも。。。小さい妹がいたんだ。」
いきなりぽろりとつぶやかれたその言葉に戸惑い、顔をそちらに向ける。
「。。。その子は今どこに?」
「さぁな。どこかで死んだんじゃないかな。」
軽口のように言った彼に余計戸惑い、首を小さくかしげる。それを見たかわうそは小さく笑って言葉を続ける。
「僕はあの子をおいて逃げたんだ。」
驚いて息をのんだ。かわうそはまた自嘲的に笑いをこぼす。
「こんなの言い訳にしかならないけどさぁ、ぼくはね、あの時どうしようもなく怖かったんだ。二人で遊んでいたらいきなり銃を持った人間がドアを蹴り飛ばして入ってきてさ。僕もあの時小さかったから何が起きたかわかんなくて。でも腕を撃たれて我に返って妹を連れて逃げようとした。」
「待て。腕を撃たれたのか?」
「え?あぁ。かすっただけだけど。ほらここ。」
そういってかわうそがまくった袖の下には痛々しい傷跡があった。
「そんなことはどうでもいいんだけど。つれて逃げようとしたときに妹が転んじゃって。そしたらその人間は妹じゃなくて立ち止まった僕に銃を向けたんだ。やばい死ぬって思って気づいたら体が勝手に走り出していたんだ。必死に走ってたら気が付いた時には自分がどこにいるかもわからなくなってた。」
かける言葉も見つからずただ彼を見つめる。そうか。かわうそはずっとそのことを後悔をしているのだろうな。そんなことをいつまでも引きずる必要はないだろうと思うが、私にそんなことを言う権利はない。しいて言えることがあるとすれば
「。。。悪いのは人間だ。」
かわうそは疲れたように笑って小さく答えた。
「分かってるさ。」
静かな沈黙が部屋に満ちる。
「じゃあさ!」
かわうそはこちらに顔をぱっとむけ明るい声で言った。
「僕も一緒に行くよ!」
。。。は?
「いやお前頭大丈夫か無理に決まっているだろう。死ぬぞ。」
「それはおにーさんも同じだよっ」
「いや私は化けれる。」
「。。。」
「そういうことだ。では子供の居場所を教えろ。」
悔しそうな顔をするかわうそに呼びかける。
「やだっ!連れてってくれなきゃ教えない!」
いやガキか。。。
ふんとそっぽを向くかわうそを見てため息をつく。
「分かったよ。」
途端かわうその目が輝く
「ほんと?!」
「あぁ。だが。。何でそこまでして行きたい?」
「ん~。罪滅ぼしかもね。」
「そうか。死んでも知らんぞ。」
「だいじょぶ。おにーさんが守ってくれるから。」
苦笑する。
「いつ私が守るといった」
このように気兼ねなく外部の生き物と話したのはいつぶりだろうか。
「自分の身は自分で守れよ。」
「は~い」
不満そうに頬を膨らませたかわうそに頬を緩ませていた時、足音が聞こえた。サッとそちらに目を向け耳を立てる。その時物陰からひょこっと顔を出したのは瞳が大きく背丈が私の腰ぐらいまでしかない女の子。
「あれぇ。もうりん~隠れててって言ったのに。」
「かわにぃお客さん?」
首をかしげ私を見つめる。
「ん~そんな感じ。」
かわうそはやれやれと首を振る。
私はその場でしゃがみ少女と目を合わせた。
「私はシンというものだ。りんといったな。これからお前を施設に連れていこうと思うのだが。持っていきたいものはあるか?」
「しせつ。。?」
「お前のような子供がたくさんいるところだ。食べ物もある。」
りんは少し不安げな顔になる。
「ここにはもどってくる?」
「この家のことか?ここにはもう戻ってこない。」
「じゃあ行かない。」
首をフルフルと横に振り走って部屋に戻ろうとするりんの手を慌ててつかみ尋ねる。
「なぜ。」
りんが振り返って私を見る。
「だってパパとママが帰ってきても会えないじゃない。」
その無垢な目を静かに見つめながら言うべきかどうか迷った言葉を口にする。
「。。お前の両親は戻ってこない」
「うそだ。絶対戻ってくるよ。りんをおいてくわけないもん。」
泣きそうになりながら必死に続ける少女を見て胸が痛くなる。助けを求めるようにかわうそを見ると、のんきそうな顔で肩をすくめた。どうするべきか。考えこむより先にかわうそが口を開く。
「分かった。じゃーパパとママ探しに行こっか。」
は?
慌ててかわうそに詰め寄り小声で問いただす。
「おい。何を言っている。そんな時間はないしもう死んでる可能性のほうが高いぞ。」
かわうそはいきなり距離を詰めた私に驚いて身をすくめた。
「分かってるって。実際には探さない。連れ出すための口実さ。」
眉を顰める。
「嘘をつくのか?」
「ついて良いウソと悪いウソがあるだろって。」
首をすくめて言うかわうそに渋々同意した。
「そういうことだ。りん。荷物をまとめておいで。」
こうして夜が明ける前、二人を連れてこの町を後にした。