心の血
ふらふらと街をさまよう。行き交う人々は私を見て目を顰め、よけて通る。それを疑問に思いながらふと地面に目を落とすと、店のあかりから出来た自分の影が目に入った。人間に化けているはずの私のシルエットは鹿のようだった。なんで。ひどく動揺する。その時思いだした。今日は満月だと。気が付いた時にはもう遅く、酔っぱらった若い男たちが近づい来る。おなかがすいていて、疲れていて、逃げる気力もない。若い男たちの中の一人に蹴り飛ばされ道のわきに転がる。涙と自信の血で視界がにじむ。そのまま殴られるままに地面に横たわっていると男の声が耳に入ってくる。
「お前らみたいなバカな"人間もどき"は生きてる資格なんてないんだよ!」
私の中でお母さんの言葉が自然と頭から消えていった。憎い。人間が憎い。許さない。みんな殺す。私の手で。
私の心は復習という名の赤い血に染まった。
本格的に暗くなってきて男たちや人々が姿を消す。私はあまりの寒さに震えていた。もう動けなかった。このまま死ぬのかな。それも悪くないな。お父さんとお母さんにやっと会える。意識が遠のいてく中、誰かが私の顔を覗き込んだような気がした。
目が覚めると天国ではなく、ある部屋にいた。天国ではないとすぐに分かった理由は、その部屋が薄暗く埃っぽかったからである。ほっとしたようながっかりしたような複雑な気持ちを抱きながら体を起こす。
「お。起きたか。」
私のほかに人がいると思っていなかったせいでびくっと体がすくんだ。おそるおそる声がしたほうに顔を向ける。すると声の主はひょこっと耳を動かした。そのおじさんは山羊もどきだった。目が合うとにこっと微笑まれる。そこで違和感を覚える。角がない。
「おんなのひと...?」
山羊さんは少し目を見開くと近くにあった帽子をかぶって頭を隠すとうつむく。
「あぁ。よくわかったな。」
そういう山羊さんを改めて見る。ジャケットにズボン。シンプルな装いをしている彼女は帽子をかぶると言葉使いも相まって男にしか見えなかった。
「なんで男の人みたいな恰好してるの?」
山羊さんは悲しそうな目で私を見て、少し考えるようなそぶりを見せる。
「女だとみんなに舐められるのさ。戦うためにはこうするしかない。」
戦う…?
そっ...か...!その手があったか!
「わ、私も戦う!」
「何を言っているのだ。お前まで私と同じことをする必要はない。明日お前を本部に連れて行ってかくまってもらう。戦いは俺らに任せな。」
「いやだっ!お願い!何でもするから!」
「ちょっ!大きい声を出すな!見つかるぞ!」
わたわたしながらあたりに目を配る山羊さんをにらみつける。
「じゃあなんで山羊さんは戦ってるの」
黙りこんで困ったように眉毛を下げる山羊さんに少し罪悪感を覚える。助けてくれた上にこんなわがままを言うなんて図々しいこと極まりない。だけど。
「お願い。私も男のふりをするから。山羊さんなら私の気持ち分かってくれるでしょ?」
山羊さんは諦めたようにため息をつく。
「分かった。」
「やった!ありがと山羊さん!」
嬉しそうにしている私の頭をなでながら山羊さんは立ち上がった。
「でもどっちみち本部には連れて行くよ。戦うには術を身に着けにゃな。そこで訓練を受けて資格をもらうことができたら、またどこかで一緒に戦える日が来るかもな。」
こうして私はもどきのアジトに仲間入りした。