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かつての英雄、大罪人になる  作者: 紅白翡翠
第一章
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領主の私兵

 “英雄”エリオ・ルーングレイス。

 滅した今でもなお恐怖の象徴として人々の心に君臨する魔王を、たった一人で倒したとされる最強の魔術師。

 彼が大罪人となった時、巷ではある疑問が広がった。


 ――本当にあの魔王をたった一人で倒したのだろうか。


『エルナ王国が誇る王国騎士団でも、白金等級の冒険者でも歯が立たなかった魔王を一人で倒したなどあり得ない』

『本当は多くの仲間がいたが、手柄を独り占めしていたのではないか』

『何らかの理由で魔王が撤退しただけ。本当は倒してなどいない』

『実はエリオも魔族で、身内同士で出来レースをすることでエリオを英雄と崇めさせ、人間社会の中心に魔族を入り込ませようとした』


 そんな憶測が飛び交うようになった。

 己の不祥事を見抜かれたからこそエリオは王に反乱した。そう結論付ける者もいた。


 人々の失望が大きいほど、英雄の輝かしい功績に深い影が差す。

 あるいはそんな力を持った者が敵に回ったという事実を、人々が認めたくなかったが故かもしれない。

 反乱を起こしてからすぐに雲隠れし、それから五年もの間何の行動も起こさなかったのもあり、今やエリオは“英雄”としての実力すら疑問視されるようになりつつある。


 だからこそレイノスもザンドも嬉々としてエリオに牙を向けた。


 ――それがどういう結果をもたらすか、彼らには知るよしも無かったのだから。


 ***


 領主に私兵として雇われる前、ザンドは傭兵団の団長だった。

 ありとあらゆる場所で戦力を欲されていた魔絶戦争時代において傭兵の需要は高く、ザンドは王国中を転々としながら戦いの日々を送っていた。

 多くの同業者や冒険者、騎士たちが命を落としていく中で、ザンドは戦場に立ちながらも魔絶戦争を戦い抜いてきた猛者である。彼が率いる傭兵団“紅の牙”は傭兵界隈で名を知らぬ者はいないほどで、王国騎士団の一部隊に匹敵する武力を有していたとも言われている。


 今やレイノスの私兵の部隊長となったザンドが率いる部下もまた、かつて“紅の牙”団員だった。

 昔からのザンドの部下である彼らの練度、連携力は折り紙付きだ。そんな彼ら総員百名で標的を包囲したこの状況は圧倒的に有利。

 それに加えて魔術師相手の作戦もある。ここまでの要素を揃えておいて、負ける道理はない。


「こそこそと逃げ回って隠居生活してる“大罪人”なんざ目じゃねえ。てめぇの時代はとっくに終わってるってことを教えてやる」


 ザンドは右腕を上げる。それを合図に、弓を引き絞る音が重なって響いた。


「放て!」


 号令と共に廃屋からそれぞれ数本ずつの矢が放たれた。

 そして、それらは空中で二つに分身する。

 二つから四つに、四つから八つに――弓兵の側に控える魔術師たちによる〈幻影分裂(ミラージュアバター)〉の魔法によって何十倍もの数に増殖した矢が雨のようにエリオに襲いかかった。


「キャアアアッ!?」

「……チッ!」


 舌打ちと共に展開される〈球形砦壁(スフィアフォートレス)〉がエリオと、隣にいるアルフィナを包んだ。

 降り注ぐ凶器の雨は次々に弾かれ、〈幻影分裂(ミラージュアバター)〉によって生まれた矢は地面に落ちる前に消えていく。


「くそったれが!こいつもろとも殺す気で来やがったな!?」


 エリオが怒鳴りながらアルフィナを指し示す。


「それがボスの指令だ。娘が巻き込まれようが構わず、大罪人の首を確実に取れってな」

「そんな……お父様は本当に……わたくしを見捨てて……」


 ふらふらと脱力していく身体を歯を食い縛って支え、アルフィナは父親をすがり付くような眼差しで見上げた。


「お父様!あなたにとってわたくしは!何の価値もないというんですの!?」


 その悲鳴にも似た叫びに――レイノスは氷のように冷たい眼差しで応える。


「何の価値もない?違いますよ。あなたの存在はそれ以下……私にとってただただ邪魔なだけです」

「……っ…………!」


 放たれたのは、あまりに冷酷な言葉だった。


「むしろ消えて貰う良い機会になりましたよ。大罪人に娘が殺されたと言えば誰もが私に同情し、支持するでしょうからね」

「……あ……あぁ……!」

「最期くらい、私の役に立ってもらいたいものです。期待していますよ。ほっほっほ」


 娘の顔が絶望の色に染まる。直後に頭が垂れ下がり、この世の終わりを見たかのような表情は隠されたが、身体は小刻みに震えていた。

 バッサリと切り捨てられたことには多少なりとも同情はするが、ザンドにとってはどうでもいいことだ。


「……そういうことだ。その娘には人質としての価値もねえ。むしろ死んでもらった方が都合が良いってよ」

「……どうやらそうらしいな。まったくもって領主サマは大物だ。反吐が出るぜ」


 そう言い捨て、エリオは項垂れるアルフィナの頭に手を乗せる。


「大丈夫だ。お前を死なせたりはしねえよ」


 エリオはそのままポンポンと軽く頭を叩く。アルフィナは何も反応を示さなかったが、それでも気にせず、兄が妹をあやすように。

 まるでそちらが本当の家族のようにも見える光景に、ザンドは少し違和感を覚えた。


「大罪人らしからぬ言動だな。まさかその娘に情でもわいたか?」

「大罪人だからこそ、期待を裏切るのは得意でね。てめえらの思い通りにさせてたまるかってんだよ」

「……ククッ、そうか。だが足手まといが増えたことで更にお前の勝ち目は薄くなったな」

「ああ?てめらごときをぶっ潰すのに、背負うもんが一つ増えたところで何の影響もねえよ」

「その余裕がいつまで続くか……じっくり見物させてもらうとしよう」


 ザンドは右腕を上げ、弓兵に次弾の装填を合図する。


「放てぇ!」


 号令と共に再び〈幻影分裂(ミラージュアバター)〉がかかった矢が空を覆い尽くし、降り注ぐ。


「〈球形砦壁(スフィアフォートレス)〉」


 エリオとアルフィナを包む球状の壁が展開し、矢を弾いていく。

 先程までと同じ流れだ。矢の一本たりともエリオの防御魔法を貫くことはできなかった。

 だが、防がれるのは計算の内だ。真の狙いは別にある。

 それはエリオに防御に徹させることだ。


(そうだ、それでいい。そのまま魔力を消耗してもらおうか)


 魔法というのは多種多様な属性の攻撃、防御、補助、妨害など数多くの種類が存在するが、そのどれもに共通することがある。

 それは、術者の体内に流れる魔力を消費して奇跡を起こすということだ。

 魔力が切れれば当然、魔法は使えない。そういった制約があるからこそ魔法は強力なのであり、戦いが長引けば長引くほど魔術師にとって不利になるのは自明の理である。


 攻撃の隙を与えず防御魔法に徹底させれば、かつての英雄といえどいずれは魔力が尽きる。仮にそこまでいかなくとも、かなり弱体化はさせられる。

 その状況を作り出すために、こちら側の魔術師には一時的に魔力を回復する“魔力回復魔法薬(マジックポーション)”を大量に持たせてある。傷を治療する一般的な“治癒魔法薬(ヒールポーション)”と比べて十倍以上の値が張る高級品だが、懸賞金が貰えるならば安いものとレイノスが大量に仕入れた代物だ。


(金の力ってのは偉大だよなぁ。独り占めしたくなるって気持ちも分かるぜ)


 これこそ、兵たちの練度とレイノスの財力があるからこそ可能な対魔術師の戦術。相手を知り、念入りに準備をすれば勝てない相手などいない。


「さぁ第三波だ!放て!」


 意気揚々と号令を発するザンド。

 その時、空気を切り裂く矢の音に混じって、静かな声が響いた。


「なるほど、なかなか悪くねえ作戦だ。だが……」


 無数の矢が降り注がんとしているというのに、どういう訳かエリオは〈球形砦壁(スフィアフォートレス)〉を解除し、右腕を上げた。


(……っ!?何を……!?)


 迫り来る矢の雨。回避できる隙間などない。防御魔法なしで受け止められるはずもない。


 諦めたのか?

 いや違う。


 エリオからは焦りも諦めも感じられない。死が降ってきているとは思えない冷静沈着な顔をしている。

 このまま無数の矢に貫かれ、アルフィナ共々串刺しになる。ザンドはそう思った。


 だが、それよりも早く、唐突に――光が降り注いだ。

読んでいただき、誠にありがとうございます


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