大罪人の真実
自室で机に向かっていたエリオが紙の上に筆を走らせていると、ドタドタと階段を昇る音が聞こえてきた。そして足音がそのまま部屋に向かってきたかと思えば、勢いよく扉が開けられた。
「エリオさんっ!」
「どわぁ!?せめてノックくらいしろ!」
「はっ!わたくしとしたことが!」
アルフィナは「申し訳ありませんわ」と頭を下げる。まだ乾いていない髪がだらんと垂れ下がった。
「……代わりの服を用意できなくて悪いな。サイズが合いそうなやつがなかったんだ」
風呂で身体が綺麗になっても、着ている服はボロボロのままだ。
そのままそれを着させているのも気の毒だが、エリオの服では大きいし、ルインの服では小さい。
エリオは空中に縦線を描くように指を動かすと、その空間が割れた。亜空間の中に物を保存できる〈亜空間庫〉と呼ばれる魔法である。
その中にエリオは手を突っ込んで黒いロングマントを引っ張り出すと、アルフィナに向かって放り投げた。
「そんなもんしかねえが、我慢しろ」
「あ……はい。お気遣い、感謝致しますわ……」
渡されたマントをアルフィナは全身を覆うように羽織る。
「……素敵なマントですわね」
「そうか?お前の家にならもっといいもんありそうだけどな」
「……いいえ、そんなことありませんわ。だってこんなにも暖かいんですもの」
ただ真っ黒でデザイン性のないマントなど領主の令嬢のお眼鏡にかないそうにないと思っていたが、満足そうならばよかった。
エリオは再び筆を走らせ始める。
「んで、髪の毛も乾かさずにどうした?腹減ったか?」
「はっ!そうでしたわ!聞きたいことがあるんですの!」
「あん?」
「エリオさん、あなた、国に反乱なんてしてないっていうのは本当なんですの!?」
――ピタッとエリオは筆を止める。
そして再びアルフィナの方を向く。これまでよりも目付きを鋭くして。
「……ルインから聞いたのか?」
アルフィナは少し萎縮した様子で、小さく頷いた。
「あの馬鹿……余計なこと喋ってんじゃねえよ」
「では本当なんですのね!?五年前のあの日、一体何があったんですの!?」
エリオは深く息を吐くと立ち上がる。それから窓際まで移動すると、外を眺めながら話を進めた。
「……五年前、魔絶戦争が終わったあの日、俺は王に呼び出された。要件は“宮廷賢者”への勧誘。王様お抱えの魔術師になって、国のため王のために働かないかと言われたんだ」
「それは……とても名誉なことではありませんの。宮廷賢者といえば宮廷魔術師のトップで、エルナ王国の繁栄と防衛を魔法学的側面から支援することを一任された、いわば国一番の魔術師ですもの。その若さでなれるなんて前代未聞ではありませんこと?」
そう、その通りだ。
かつては最強の魔術師という尊敬と畏怖の念を込めて“魔導賢者”などと呼ばれていたこともあった。しかし、それはあくまでも人々が勝手に付けた二つ名であり、そこに立場や権力は付随しない。
“宮廷賢者”は立場的にも権力的にも、エルナ王国における魔術師の最高峰と言ってもいい。それに抜擢されるということは最高の名誉であり、国からも最強の魔術師であることが認められたということである。
「あぁ、それで俺は――丁重にお断りさせてもらった」
「……えぇぇえエエエエ!?」
アルフィナは大声を上げて驚愕した。
「どうしてですの!?英雄にこれ以上ないほど相応しいポジションではありませんこと!?」
「……権力なんかに興味はねえ。王宮勤めで国を動かすなんざ俺には重すぎた。俺はただ、食うもんに困らなきゃそれでよかったんだ」
「あ、呆れるほど無欲な方ですわね……」
「そうでもねえさ。毎日道端の草食って生きてたガキの頃を思えば、衣食住の不自由なく暮らせるってのは最高の贅沢なんだよ」
「道端の草って……子供の頃は一体どこで過ごしていたんですの?」
「スラムだよ」
王都リーベルシアに存在する貧困区画――通称スラム街。
世間からつまはじきにされた者やならず者が集うその街が、幼いエリオが育った場所である。
「周りはろくでもねえ大人ばっかりだったからな。俺はそうはなりたくなくて、スラムを出て冒険者になった。必死に魔法の修行もして、それなりの生活ができるようになった矢先に魔絶戦争勃発だ。俺が魔王軍と戦ったのは誰にためでもねえ、自分の日常を護るためだったのさ」
「そう……でしたのね」
「……話が逸れちまったな。それで、王の誘いを断った俺はさっさと帰ろうとした。今まで通り一冒険者としてぼちぼち依頼をこなしていく、平凡な日常に戻ろうとした。……事が起こったのはその時だ」
今でもあの日のことは鮮明に思い出せる。
魔王は滅んだ。王の誘いも断った。もう二度と王に謁見することはないだろうと思いながら、謁見の間から出ようとした。
その瞬間――
――ボンッ!
エリオは手のひらの上で魔法によるごく小規模な爆発を起こす。それが何を示しているのかアルフィナは察したようだった。
「謁見の間にいた誰かさんが魔法をぶっぱなしやがったのさ」
「それって……ま、まさか……っ!」
エリオは頷く。
あの時、謁見の間にいた人物はエリオ以外に一人しかいない。
「――王だ。あいつは自分で自分の城に火を放ちやがったんだよ。俺が乱心したと見えるように仕向け、王に反乱した愚かな“大罪人”に仕立て上げるためにな」
読んでいただき、誠にありがとうございます
この作品を読んで少しでも気に入っていただけましたら、ブックマーク登録と下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価して頂けましたら嬉しいです