お風呂場にて
「へぁ!?」
まさか入ってくるとは思わなかったアルフィナは奇妙な悲鳴を漏らす。
(な、なななな何で入って……!?)
アルフィナは咄嗟に身体を腕で隠し、更に湯船に深く浸かって身体を見られないようにする。
その際にルインの身体が視界に入ってしまい目を逸らそうとしたが、その前にとあることに気づいた。
(あれ…………ついて……ない……?)
そう。ついていなかった。
服で隠れていた白く細い体つきも、裸で見ると少年のそれではない。
アルフィナはほっと胸をなでおろす。
(なんだ、女の子でしたのね)
「どうしたの?」
ルインは首をかしげる。
「い、いえ、まさかいきなり入って来るとは思ってませんでしたのでつい……エヘヘ」
男の子だと思っていた、などと言えるはずもなく、アルフィナは笑って誤魔化す。
「驚かせちゃってごめんね。折角エリオが昼間からお風呂を用意してくれたんだから、魔法が切れる前にボクも入っちゃおうと思って」
話しながらルインは桶の湯を頭からかぶり、石鹸を泡立て始める。
(うーん……やっぱりただの子供ですわよね……)
かつて大罪人となる前の英雄は、たった一人で魔王を倒した。仲間がいたという話は聞いたことがない。
仮に仲間がいたのだとしても、それがこんな争いとは無縁そうな愛らしい少女だとは思えない。
(エリオさんとは一体どういう関係なのかしら)
上機嫌に鼻唄を歌いながら身体を洗うルインを見ながらそんなことを考えていると、視線に気づいたルインがこちらを向く。
「どうしたの、さっきからじっと見て。ボクがどうかした?」
「あっ、ごめんなさい。何でもありませんわ」
「そう?ならいいけど」
ルインは身体についた石鹸の泡を洗い流し、湯船の縁を跨ぐ。二人分の水かさを増した湯が内に収まりきらず、外に流れ出した。
「聞いたよ。エリオがキミを連れてきた理由。いやー、キミもすごいこと考えるねぇ」
「……そうですわね。冷静になって考えてみると、自分でもとんでもないことをしてると思いますわ」
「でも、キミにとって大事なことなんでしょ?」
「それはそうなんですけれども……」
アルフィナは頷いた後、少し間を空けて再び口を開く。
「あの、頼んだわたくしが聞くのも変かもしれませんけれど……どうしてエリオさんはこんな頼みを引き受けて下さったんですの?やっぱり身代金目当て……ですの?」
「んー?どうかな、本当はキミ自身が目当てかもしれないよ?本当に誘拐して自分のものにしちゃおうとしてるのかも……」
「……ふぇえ!?」
茹でダコのように真っ赤になったアルフィナに、ルインは無邪気に笑う。
「アハハハッ、キミったらいちいち良い反応するねぇ!」
「も、もう!変な冗談はやめてくださいまし!」
「ごめんごめん。きっとキミのことが放っておけなかったんじゃないかな。何だかんだで困っている人を放っておけない質だからね、エリオは」
「それは……」
それはあまりにも“大罪人”の烙印とはかけ離れたているような――
「――聞いてもいいですの?どうしてあの人は、国に反乱なんてしたんですの?」
その問いを聞いたルインは少し目を見開く。その反応を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思い至ったアルフィナは即座に首を振った。
「ご、ごめんなさい。安直に聞いていい質問ではありませんでしたわね」
「いや、そんなことはないよ。ただ、そんなこと聞いてくるなんて思ってなかったから、ちょっと驚いただけ」
ルインは湯船の縁にもたれながら、こう続ける。
「そもそも、エリオは国に反乱なんてしてないんだよ」
――さらりと発せられたその言葉は、“英雄”が罪を犯したという前提を根本から覆す衝撃の言葉だった。
「それはどういうことなんですのっ!?」
驚愕にまみれたアルフィナは弾かれたようにルインに詰め寄る。
「これ以上はボクの口からは言えないかなー。気になるなら本人に聞いてみなよ」
「分かりましたわ!」
アルフィナは立ち上がる。その勢いで湯が波立ち、湯船から大量にこぼれていくのも気にせず、そのまま風呂場を後にした。
魔法が浴槽内の湯の減少を関知し、その分の湯が自動で追加されていく。
少しずつ上昇してくる湯が自分の身体を沈めていく様をしばらく見た後、ルインは風呂場の引き戸に目をやり、今頃服を着ているであろうアルフィナの姿を幻視する。
「……腹に一物あるような感じじゃなさそうだね。狂言誘拐なんて変なことを頼んだのも、ただの勢い任せか」
ルインは湯けむりで白んだ天井に視線を移し、広くなった湯船に肩まで浸かった。
「放っておいてもいいかな。今のところは特に害があるわけでもなさそうだし」
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