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かつての英雄、大罪人になる  作者: 紅白翡翠
第一章
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大罪人の家

 アイオン森林の深奥にある“大罪人”の家は、かなりの年月を感じさせる石造りの一軒家だった。

 家としての形を保つために補強や修繕が繰り返された跡があり、植物に侵食されて天然のグリーンカーテンとなっている。決して大きくはないしボロボロではあるのだが、周辺の大自然に溶け込んでいて趣を感じさせる建物だった。


「魔物避けの結界を張ってるから、ここにいれば魔物に襲われることはねえから安心しな」


 そんな家の扉を開いたエリオはアルフィナに中に入るよう促す。


「は、はい。ではお邪魔しますわ」


 他人の、しかも男性の家に一人で上がり込んだ経験がないアルフィナは妙な緊張感を覚えながら中に足を踏み入れる。

 内装は外装とは対照的にしっかりとした作りになっており、床は暖かみを感じる木製の床になっていた。綺麗に整っているが物寂しいという訳でもなく、生活感も随所に見られた。


(“大罪人”というからにはもっとおどろおどろしい家を想像してたのですけれど、意外と普通ですのね)


 小窓から鬱蒼とした木々が見えなければ森の中にいるということを忘れてしまいそうなほど、内装は一般的な家との差はなかった。その家庭的な雰囲気がアルフィナの緊張感を和らげる。


 ――ふと、アルフィナの耳に足音が飛び込んできた。

 エリオのものではない。彼は今、アルフィナと一緒に家に入ったばかりで靴も脱いでいない。

 聞こえた場所は二階。階段を下りるリズミカルな音が聞こえ、足音の主が姿を表す。


「おかえり、エリオ!」


 十歳程度の子供のようだった。

 少し長めのショートの髪は快晴の空を思わせる爽やかな水色で、無邪気に輝く瞳の色は深い青。幼くも綺麗に整った顔立ちに髪型も相まって、少年とも少女ともとれる中性的な可愛らしさがあった。


(……男の子?多分男の子……ですわよね?どうしてこんな子が“大罪人”の家に……?)

「……あれ、お客さん?珍しいね」

「まぁ、いろいろと事情があってな」

「ふーん……」


 少年はアルフィナに視線を向ける。そして足の先から頭のてっぺんまで、まるで品定めでもするかのように。


「え、えーっと……?」


 ボロボロの服装をまじまじと見られるのは恥ずかしいがそれ以上に困惑していると、少年は満面の笑みでこう言い放った。


「――キミ、なかなか()()()()()()()

「…………はい……?」


 ――今、何と?

 言われた言葉をアルフィナが頭で理解する前に、少年の脳天にチョップが入った。


「あ痛ぁ!?」

「アホか!いきなり変なこと言ってんじゃねえよ!びっくりして固まってんじゃねえか!」

「だからって殴ることないじゃん!ちょっとした冗談だってば!」


 少年は殴られた箇所をさすった後、改めてアルフィナの方を向く。


「ボクはルイン。ルイン・フィアーだよ。どういう事情か知らないけど、とりあえずよろしくね」

「は、はい、わたくしはアルフィナ。アルフィナ・オルレインと申しますわ。どうぞよろしく……」


 何事もなかったかのように挨拶され、アルフィナもまた戸惑いが抜けきれないまま返す。

 先程のあれは冗談というにはかなりの変化球な気もするが、言った本人がそう言うならばこれ以上の追及は無粋というものか。


「まぁ、玄関で立ち話もなんだ。とりあえず上がれよ。大した茶も菓子もねえが、風呂くらいなら用意してやれるぞ」

「お風呂!あるんですの!?」


 この世界において風呂場のある家はそう多くはない。というのも、大量の湯を沸かせられるような魔法具が、それなりに裕福でないと手が届かないほど高価だからである。

 アルフィナが住む領主の屋敷には広い風呂場があるが、一般的には身体を洗うためには川や泉で水浴びをするか、共用の銭湯や温泉に行くものだ。

 だから、こんな森の中まで来て湯に浸かれるなどと思ってもいなかった。


「俺を誰だと思ってんだ?魔法具なんざなくたって、風呂くらい魔法でどうにでもできるんだよ」


 エリオは右手に水の球を、左手に炎の球を作ってみせる。

 魔界狼(ヘルウルフ)に追われて森の中を走り回ったせいで身体も髪も泥だらけになり、疲労も溜まっていたアルフィナにとっては願ってもないことだった。


「ただ領主サマんところみたいなでかい風呂じゃねえから、そこは我慢しろよ」



 ***



 湯けむり立ち込める風呂場で、アルフィナは置いてあった桶を手に取る。すると、中に暖かな湯が湧き出してきた。

 一見するとただの木の桶に見えるこれは、エリオによって水と火の二つの魔法がかけられているらしい。一定量まで沸き続ける水を瞬時に暖めることにより、効果が切れるまでは無限に湯が沸き出し続けるようになってるという。

 その湯を使い、アルフィナは泥だらけの髪や身体を洗っていく。

 全身の汚れを綺麗に洗い流すと、桶と同じ魔法がかけられた湯船に浸かった。


「ふぅ……」


 ちょうど良い湯加減が心地よく、思わず吐息が漏れる。


「魔法ってすごいですわね。こんな便利なもの、屋敷にもありませんわ」


 疲れが湯に溶け出していくようだった。自分が今“大罪人”の家にいるということを忘れてしまいそうな気分だ。

 アルフィナは手で湯をすくって肩にかける。

 その時、ふと自分の腕を見てあることに気がついた。


(傷が……消えてる?)


 魔界狼(ヘルウルフ)に追われていた時、身体の至るところに切り傷や擦り傷を負っていた。魔物に付けられたのではなく、逃げる過程で枝葉に引っかけたり木に擦ったりして負ったものだが、綺麗さっぱり消えている。

 湯がしみるような痛みをどこからも感じないことから、腕だけでなく全身の傷が癒えているようだ。


(一体どうして……いえ、あの方以外いませんわね)


 エリオ・ルーングレイスはあらゆる魔法を極めたとまで言われた者。この程度の傷を治すことくらい容易なのだろう。


「……思っていたのと全然違いますわ」


 私利私欲のために動くような真の“大罪人”ならば、きっと魔物に襲われていた人間など助けはしない。

 狂言誘拐を身代金目当てで引き受けたのであれば、気が変わって逃げられないようまずは拘束なり監禁なりするべきだ。アルフィナもその覚悟はしていたし、だからこそそうされないことに違和感を覚えてしまう。


 エリオはアルフィナの傷を治し、一切自由を奪うようなことはせず、こうして風呂まで準備してくれた。

 最初からアルフィナの話を――父親に愛されたいという想いをちゃんと聞いてくれた。


 世界に平和をもたらし、直後に世界に混乱を呼び込んだ“大罪人”。その烙印に似合わない何かを彼から感じられる。

 そう思うのは自分の考えが甘いからなのだろうか。


 そんなことを考えていた時、風呂場の引き戸がノックされた。


「湯加減はどう?」

「おかげさまで、とても良いお湯ですわ」

「それはよかった。それじゃあボクも……」

「え?」


 ガラガラと引き戸が開く。

 中に入ってきたのは、一糸纏わぬ姿のルインだった。

読んでいただき、誠にありがとうございます


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