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かつての英雄、大罪人になる  作者: 紅白翡翠
第二章
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模擬戦

 エリオの家から少し離れた、さながら緑の壁に囲われた闘技場のように開けた場所にアルフィナは立っていた。


「……あの、これから何をするつもりなんですの?」


 依頼の協力は得られたはずなのに、何も教えられず外に連れられたアルフィナはエリオに問いかける。


「模擬戦だ」


 エリオは訓練用の木刀を取り出すと、アルフィナの前に魔法で浮かせる。それを受け取りながらアルフィナは「何のために?」と疑問の表情で訴えた。


「一緒に行くとは言ったが、別に俺たちはパーティを組んでるわけじゃねえ。今回の依頼はお前――アルフィナ・ミューリットという冒険者が受けたものである以上、俺たちはあくまでお前の活躍を影から支える助っ人だ。だからお前がどの程度やれんのか把握しておくためにも、お前の実力を今一度見せてもらう」

「なるほど。確かにこれはわたくしの仕事……わたくしが何かを成さなければ意味がありませんものね」

「そういうことだ」

「……それで、その模擬戦のお相手というのは?」


 エリオが退くと、既に木刀を持っているルインがその影にいた。

 相手を察したアルフィナは大いに慌てる。


「ル、ルインさんと戦えと言うんですの!?いくらなんでも実力差がありすぎます!蟻が象に挑むようなものですわ!わたくしなんか秒で溶けますわよ!?」

「誰も本気でやるとは言ってねえだろ。さっきも言ったが、これはお前の実力を推し量るための模擬戦だ。あいつがお前に合わせるから、お前は全力であいつにぶつかりゃいい」


 続けてルインがアルフィナにこう言い放つ。


「遠慮しないで掛かって来なよ。ボクを殺す気でね」


 ルインは笑う。だがそれは戦士の表情ではなく、いつもの無邪気な子供のような笑み。「殺す気で掛かってこい」と発した声は互いを高め合う好敵手や倒すべき敵に向けられたものではなく、ただの遊びに付き合うといった雰囲気だった。

 それはつまり、ルインにとってアルフィナの実力は取るに足らないものだということ。

 アルフィナは木刀を握る手に力が入る。

 暴漢二人に捕まったり、暴食の粘液(グラトニースライム)に手が出せなかったりと、二人には情けない姿を見せてきた。加えてルインは元“四魔将”という指折りの実力者である。取るに足らないと思われるのも当然だ。


 勝てないのは分かりきっている。

 でも――だからこそ、一矢報いたい。

 そんな気持ちが心の中にふつふつと沸いてくる。

 アルフィナは深呼吸をして、冒険者として、戦士としての眼でルインを見た。


「分かりました。胸を借りさせていただきますわ」

「……気持ちは切り替わったか?ならさっさとやんぞ」


 エリオは少し離れた場所に移動し、手を上げる。

 アルフィナは両手で木刀を握って正眼の構えを取るが、ルインは構えているというより片手で棒を持ってただ立っているような佇まいだ。

 今にして思えば、ルインがちゃんとした構えをしている姿を見たことがない。おそらくは自然体でいるのが彼女にとっての構えなのだろう。誰が相手でも負けないという余裕の現れなのかもしれない。


「――始めっ!」


 開始の合図として手が振り下ろされた瞬間――動いたのはアルフィナだった。

 全力でぶつかれというならば、取るべき手は先手必勝。ここでまごついていてはきっと二人をがっかりさせてしまう。

 今、ルインは人間の姿のままだ。力の大半を擬態に割いており、宵闇の王(ノスフェラトゥ)の姿と比べて大きく力が劣る状態である。それならばきっと勝機はある。

 一歩、二歩と駆け、ルインの姿が近づいてくる。その場から動く様子はない。こちらの攻撃を受け止めるつもりだ。


「はぁっ!」


 駆けた勢いのままアルフィナは袈裟斬りを放つ。

 アルフィナも決して大柄とは言えないが、それでも小柄なルインとの体格差は大きい。身長にして十センチ以上の差がある。当然ながら純粋な力比べであれば体重が乗る分、身体が大きい方が優位に働くものだ。


 しかし――容易に防がれる。ルインが片手で持った木刀に、両手で振り下ろしたアルフィナの一撃が。

 力を込めてもびくともしない。まるでそこに鉄の壁があるかのようだ。

 歯を食い縛るアルフィナに対してルインの表情には余裕がある。その上、相手は片腕がフリーだ。このまま押し通そうとしても不利になるだけだと判断したアルフィナは一度木刀を持ち上げ、別の角度から振り抜く。

 ガキン、と音が鳴り硬い衝撃が腕に響く。これも防がれた。

 更に三撃目。これも防がれる。


(全っ然通りませんわ!流石は元“四魔将”と言わざるを得――あっ!)


 アルフィナは途中で余計な考えを止め、身体を後ろに反らす。

 直後、目の前を木刀が風を切り裂きながら通り過ぎた。


「いい反応。そうだよね。この程度でやられてちゃ、銀等級なんてとても務まらないもんね」


 ルインの瞳に微かに危険な輝きが宿る。


「それじゃあ、次はこっちからも行くよー!」

「……えっ、ちょっと待って――」


 二人の間の空間が圧縮したかのような神速の踏み込みで間合いを詰めるルイン。彼女の小柄な身体も相まって危うく見失いそうになったが、右から攻撃が来るのが何とか視界の端に映った。


(速……重っ!?)


 鉛のように重たい一撃だった。何とか防げたものの、木刀が折れてしまわないかと不安になるような衝撃が腕を震わせる。


「待ってくれると思う?実戦で、相手がさぁ!」


 そのまま強引に振り抜かれ、アルフィナは木刀を手放すまではいかないまでも、大きく後ろに弾き飛ばされた。


「おっ――と!?」


 崩れた体勢を立て直している間に、さっきまでいた場所からルインがいなくなっていた――と思いきや、すぐ目の前まで迫っていた。

 再び繰り出される右からの薙ぎ払い。

 先の一撃で受け止めるのは不利だと判断したアルフィナは更に後ろに下がる。胸を掠めるほど際どかったが、何とか回避に間に合った。


「……これもかわしたか……。いいね、面白くなってきた!」


 更に輝きが増したルインの瞳を見て、アルフィナは顔を青くする。


(――怖っ!怖すぎますわ!木刀とはいえあんなのまともにくらったら骨の一本や二本では済みませんわよ!)


 ルインの動きは決して見えないわけではない。意識を集中すれば何とか眼で追えはする。だが、見えたところでギリギリ回避や防御が間に合うくらいで、反撃できる余裕などない。

 余裕の表情から察するに、これでもまだルインが人間の姿で出せる全力ではないのだろう。

 これがもし宵闇の王(ノスフェラトゥ)――ルナシェイアとして全力を出されていたとしたら、もし敵として相まみえていたとしたら、とっくにアルフィナは塵となって消えている。

 実力の差を痛感すると同時に、自分が今あのルナシェイアと剣を交えているという実感が湧き始め、アルフィナの中の恐怖心が急激に成長した。


(でも……このくらいで怖じ気づいていては、お二人にがっかりされてしまいますわ)


 人類と魔族の最強格二人が、わざわざ自分のために時間を割いてくれているのだ。気概がないところは見せられない。それに、これは遥かな高みにいる者の力の一端に触れられるチャンスでもある。

 アルフィナは広がる恐怖心を抑え込み、一呼吸して気持ちを改め、木刀を構え直す。


(わたくしはわたくしの出せる全力をもってぶつかるのみ、ですわ!せめて一矢報いてやろうではありませんの!)

読んでいただき、誠にありがとうございます


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