プロローグ
かつて、あらゆる魔を統べる“魔王”が存在した。
魔界より現れた暴君は、その圧倒的な力と魔族の軍勢で世界を恐怖に陥れた。その強大さを前に数多の人類が倒れ、その血と涙で大地を濡らした。
人類は少しずつ、しかし確実に追い詰められていく。
しかし――彼らには希望があった。
十八歳という若さであらゆる魔法を極め、最強の魔術師と呼ばれるまでに至った男。
激しい戦いの末、彼はたった一人で魔王を打ち倒し、後に“魔絶戦争”と呼ばれるこの戦いに終止符を打った。
誰もが彼を讃え、英雄として崇めた。
そう――
――――その日が来るまでは。
***
エルナ王国。
王都リーベルシアの中央にそびえ立つ王城、その謁見の間が今――炎の海と化していた。
王座を照らすシャンデリアも、王座へ続く赤いカーペットも、場を彩る絵画も、あらゆるものが炎に飲み込まれていく。そんな灼熱の間の扉が蹴破られ、焦げ付いた空気と入れ換えに銀色の鎧を纏った騎士たちがなだれ込む。
――そして、誰もが己が目を疑った。
揺らめく赤色の光と熱の中心にいる男。
深い赤色の髪と瞳をしたその者こそ“魔絶戦争”を終わらせた英雄――エリオ・ルーングレイスだった。
柱が焼け崩れる音と共に、英雄を賛美するかのように炎が舞う。
エリオが騎士たちに気がつくと、炎は意思を持ったかのように渦を巻き、上へと昇り、そして弾ける。無数の炎の弾が雨のように降り注いだ。数多の悲鳴が重なり、倒れる鎧の金属音が遅れて響いた。
倒れた者も、残っている者も、誰も思わなかっただろう。
魔を打ち払った最強の魔術師が、まさか自らが救った人類に牙を剥くなどと。
同時に誰もが戦慄する。魔王のいない平和な時は泡沫の夢に過ぎなかったのだと。
――救世の英雄の反乱。
“英雄”の名は燃え盛る炎に焼き落とされた。
もう誰もエリオを英雄と呼ぶ者はいなくなった。
この日を境に英雄は――“大罪人”となった。
読んでいただきありがとうございます
読者の皆様の娯楽となれていたら嬉しく思います
この作品を読んで少しでも気に入っていただけましたら、ブックマーク登録と下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価して頂けましたら幸いです