謎のワーゲン(1785字)
ある日、高校からの帰り道。長瀬一晴は視線を感じて振り向いた。夕暮れ迫る町並みはいつもどおりの穏やかさだ。自動車も道路交通法にのっとり、二車線の道路を止まることなく走っている。街路樹の影が伸びており、行きかう人々の上に黒い模様となって降っていた。
一晴はその中で、珍しい車に目が留まった。白いフォルクスワーゲン・ザ・ビートル。ドイツ製の車だっけ。こんな田舎町でお目にかかるとは、なかなかないことだった。その車は、まるで一晴の視線に釘を刺されたように、歩道側へ寄って停車した。何だ?
まあいいや。タイミング的にたまたま合ったんだろう。一晴はそううっちゃって、さっさと家に帰った。
だがこの遭遇は、これ一回では終わらなかった。ある雨の日も。ある風の強い日も。ある曇り空の日も。一晴が視線を感じて振り返るたび、白いワーゲンが視界に入ってきた。そしてそのたびに、四輪車は停車するのである。
気持ち悪い。率直にそう思った。まるで自分を尾行しているようではないか。
でも、もしそうだとしたら、いったい何で? この凡人の中の凡人である長瀬一晴を尾行して、いったい何の得があるというのか?
ストーカーというやつだろうか。それとも重大事件を追っている警察か。あるいは超絶的な暇人か。はたまた浮気調査の探偵か。
いや、どれも心当たりがない。一晴は家路を早足で進む。そしてまた振り返ってみた。やはり謎のワーゲンは、一晴から離れた場所で停車するのである。
頭にきた。どんな根暗な奴がこんな真似をしているのか、確かめてやろうと思った。一晴は白いワーゲンのほうへ歩き出す。すると車は一転、追及を避けるかのように脇道へと左折したのだ。走って追いかけてみたものの、ワーゲンはすでにはるか遠くへと疾走していた。
何なんだよ、いったい。一晴は憤慨して地面を蹴りつけた。そうして決意する。こうなったら、絶対にあのワーゲンの正体を突き止めてやる。いったん芽吹いた覚悟は、それまでの滋養を得て急速に成長した。
かくして一晴とワーゲンの格闘は始まった。脇道のない場所を選んで進み、反転して尾行車へと走り出す。すると外車は急速なバックで後退し、横道へ逃れた。以後、ワーゲンはその道には現れなくなった。
あるときは角を曲がったところで待ち伏せし、うかうかと進入してきたところをスマホで撮影してやろうと思った。だがワーゲンは慎重さを増しており、一晴の気配を読んで猛スピードで走り去っていった。
くそ、どうしても顔を合わせたくないみたいだな。ならばこちらも奥の手だ。
一晴は神谷、浦葉、北條の3人のクラスメイトに事情を話し、協力を依頼した。普段の仲のよさもあって、みんな二つ返事で承諾してくれる。あれこれ話して作戦を決めた。
そして決行日。一晴は普通に下校しつつ、振り向くことなく3人とLINEで連携する。ワーゲンがついてきていることを確認すると、心臓の高鳴りを感じながら、いっせいに包囲の輪を縮めた。そう、ワーゲンの退路を遮断して、挟み撃ちにしようというのである。
一晴は合図が来ると、振り向いて一気に走った。ワーゲンが逃れようとするところを、神谷が仁王立ちして進路を塞ぐ。バックしようとしたらしたで、浦葉と北條が立ちはだかった。進退きわまった外車が停車しているところへ、一晴は全力疾走で駆けつける。
どんな奴が犯人なのか。いったい何が目的なのか。その答えを、一晴は暴こうとした。
ワーゲンの窓ガラスを激しくノックする。スモークの向こうで、青年らしき男が観念したようにウインドウを開いた。そこには――
なんと、一晴がいた。
いや、一晴は自分だ。だが、まるで鏡を見たように、そこには生き写しのごとき顔があった。どういうことだ?
その後、ワーゲンは脇に寄って停車した。一晴の顔の青年はもう逃げないらしく、追及に事情を話した。
彼は「世界に同じ顔を持つ3人のうちのひとり」というやつで、一ヶ月前に自分の分身のような一晴を見かけて、「同じ顔を持った人間同士が出会ったら死ぬ」という都市伝説が真実かどうか試してみたかったのだという。だが毎回、どうしてもその勇気が出なくて、ギリギリで逃げていたのだった。
一晴はすべての謎が解けて、また重大な事件に巻き込まれているのでもなかったことで、安堵で胸を撫で下ろした。そうして、「死なないじゃん、俺たち」と、青年と笑顔で握手するのだった。