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第五章

大変遅くなりました!申し訳ございません!!

(伊織の設定と矛盾する点があったので、書き直しました…)

 あの日、僕らが正式に交際を始めてから数日。毎日のように、部屋の窓から顔を出して笑い合っている。

 今までと変わったのは彼女との関係だけではない。僕の生き方も変わっていった。僕は今まで、もうすぐ来る「死」に怯え、早く手に入れたいと思っていた。

 今は、いつか来る「死」を考えず、ただ目の前だけを見て生きていこうと決めた。

 もう一つ、変わったことがある。藤沢が僕の病気への質問に遠慮がなくなったということだ。例えば…そう、今のように。

「ねぇ、伊織くん。色が見えないのって辛くないの?」

 質問の内容はいつも僕を気遣ってくれるものばかりだが、やはり遠慮がなくなったと思う。

 ただ、僕自身も藤沢になら病気のことを話すのをためらうことがなくなった。それが僕自身が藤沢のことを信頼できているようで、どこか嬉しくてくすぐったいような気持ちになる。

「うーん、別に…。青色が見えないのは僕にとって当たり前だから、あんまり辛くはないかな。でも、やっぱり進行したことで、他の色が見えなくなったときは辛いかな。まぁ、すぐに慣れちゃうから、別に…かな」

 不思議そうに首を傾げ、眉を下げたままの藤沢をできるだけ安心させようと、けれど嘘をつきたくなくて自分でもよく分からない言い方になった。

 藤沢はそんな僕の心情を汲み取ってか、少し困ったように口元に弧を描く。けれど、少し嬉しそうに窓枠に片腕で頬杖をついていた。少し持ち上がった頬が柔らかく丸を描いていて、少し愛らしく思った。

「そっか…。なら良かったかな?……ふふっ」

「どうしたの?笑うなんて珍しいね」

 こういう話をしたあとに藤沢はほとんど笑うことがないため、少し新鮮に感じた。

「いや、最初はあんまりこんな話しなかったでしょ?だからそれが伊織くんが、私を信頼してくれてるんだなーって、嬉しくなっちゃって」

 心底嬉しそうな笑顔は、空高く登っている夏の日差しにも、負けてはいないだろう。それに僕自身としても、藤沢と同じ気持ちでいたことが嬉しくて心が明るく照らされた。

「……。僕も、おんなじこと思ってた」

 思わずつぶやくと、藤沢は驚いたように目を開いていた。それからまた嬉しそうにふふっと笑い始めた。

「ねぇ、伊織くんは気づいてる?」

「何に?」

「伊織くんがどんどん素直になって言ってることっ」

「へっ…」

 そう言われ、なんだか恥ずかしくて唇を指先で擦った。藤沢が嬉しそうに微笑んでいるのを見て、顔にほんのり熱が集まった気がした。

 ふと視線を上に向ければ、薄い灰色の空に、少し違った色の灰色の光がさしていた。

 小さくドンっ、となにかが打ち上るような音が聞こえた気がした。それと同時に藤沢がはじかれたように顔を上げた。

「あっ!」

 嬉しそうな、驚いたような顔をした藤沢の声はよく聞こえることに自分の気持ちを、また、強く認識した。そもそも、認識するほどでもないが。

 驚いたような仕草をしていたから、さっきの音はきっと大きな音なのだろう。

「ねぇ、藤沢。今のなんの音?」

 僕の問いかけに藤沢は驚いた顔のまま、少し悲しそうに眉を下げた。

「多分、花火の音だと思うよ!」

 悲しそうに見えたのは気のせいか、嬉しそうに教えてくれた。

 そうか、花火の音だったのか。もうそんな時期なのか。思わず口元が緩むのが分かった。小さい頃、姉さんと一緒に毎年のように出かけていたことを思い出す。

「…あのさ」

「…あのさ!」

 二人同時に声をかけてしまい、お互いに譲り合った結果、僕から話すことになった。

「あ、あーえっと、あのさ。もしよかったら、一緒にお祭りいかない?」

 僕の記憶が正しければ、確か花火が打ち上がるお祭りは3日間やるはずだ。だからと、思って誘ったのだけれど…。

 藤沢は驚いたように目を見開いて固まっていた。そんな様子を見て僕も思わず固まってしまって、不思議なほど無駄な時間が流れていった。

「あっ、えっえぇ!?い、いいの?」

 心底意外だ、と言いたげな表情で嬉しそうに素っ頓狂な声を上げる藤沢に、僕は思わず眉を寄せてしまった。

 そんなに意外かな…。確かに僕は自分から誰かを誘う事なんて少ないし、ましてや人の多そうな場所には進んでいきたくないけど。でも、そこまで驚かれると少し傷つくものがある。

「そりゃ…。藤沢と、一緒に行きたい、し…?」

 僕がらしくない本心を伝えると藤沢の白い頬に少し影が差したような気がした。

「わ、私も!いお、りくんと一緒に、行きたい…です」

 藤沢もらしくない敬語で、しおらしくなり、またしても不思議なほど無駄な時間が流れた。

「あ、あー…えっと。伊織くん、お母さんが呼んでるみたいだよ?」

 少し慌てたように藤沢が声をかけてくれた。

 もうそんな時間だったのか。

 慌てて時計を見ると、いつもの夕食の時間から数分過ぎていた。藤沢はこうして僕が聞こえていないことを教えてくれる。

「あ、藤沢ありがとう。じゃあごめん、そろそろ行くね」

 少し名残惜しさを感じたが、小さく手を振って窓とカーテンを閉めた。


 夕食を食べ終わったあと、SNSを開き藤沢に声をかけるとすぐに顔を出してくれた。

「あ…」

「どうしたの?」

 少し湿った、初めて見る結ばれていない長い髪と、やや赤みを帯びた頬に、藤沢が風呂上がりなのだと分かり、思わず顔をそらした。ただ、僕が少し恥ずかしくなって、顔をそらしたということがバレたくなくてすぐに藤沢に向き直った。

「あ、うん。お祭りのことなんだけど。明日の昼間からやるはずだった気がするからさ、昼くらいに待ち合わせしていかない?」

 僕のおぼろげな記憶を手繰り寄せた情報で、提案してみた。藤沢の反応からして、僕の記憶は正しかったみたいだ。

「じゃあ、明日の14:30に私の家の前に集合でもいいかな」

 こころなしかいつも以上に明るい笑顔で、僕が頷いたのを見て、胸の下辺りまでの髪を揺らしカーテンを閉めて姿を隠した。

 ふと、彼女の髪は黒に近い青色だということを思い出した。生まれてから一度も見たことない色だ。今までは、特に気にしたこともなかった。でも、今は見てみたかった。生まれてはじめて僕は、この病気になったことを恨んだ。皮肉な気もして、つい舌打ちをしかけた。

「はぁ、明日。大丈夫かな」

 僕の小さな不安は、僕の小さなため息に吹かれて床に落ちて消えた。


 朝起きたら、もうすでに10時を過ぎていて、珍しく長い時間よく寝た。

 洗面所に行くと、珍しく鳥の巣のようになった僕の髪に、思わず笑ってしまった。

【伊織、気をつけて、楽しんでいってらっしゃいね。】

 髪を整え、自室に戻るとそんなメッセージが母さんから届いていた。ベッドに腰掛けながらメッセージを眺めた。

 母さんは最近僕に声が聞こえないのを考えて、こんなふうにメッセージを送ってきたり、メモに書いて見せてきたりする。

 母さんなりの優しさが、今の僕には少し、痛かった。

 いつも柔らかく微笑んでいるけれど、その眉はいつも歪んでいる。それを見るのが心苦しくて、目をそらす。きっと、僕がよく見ていないだけで、微笑んでいるように見えて、笑ってはいないんだろう。

 ずっとそんなことを繰り返してた。でもこのことに対して、病気になったことを恨んだりしたことはなかった。

 でも藤沢が相手なら?

 僕はきっと、いや絶対に、というか今現在で色が見えないことで、病気になったことを恨んでいる。

「……」

 僕の口から音もなく息が出ていった。少し滲んだ世界をみないように、強く目をつぶった。

 なんでかは分からないけど、ギュッと胸が締め付けられて苦しくなった。

 これ以上何も考えないように、勢いよくベッドに仰向けに倒れた。

 たくさん寝たはずなのに、ベッドに倒れたことで、睡魔が静かに声をかけてくる。そして、そのまま僕は睡魔の誘いに乗ってしまった。


「あ!?やばい…!!」

 寝過ごした!?

 慌てて時計を確認すれば、約束の時間まで40分くらいだった。

「あっぶねぇ…」

 らしくもなく荒い口調になりながら、胸をなでおろした。

 せっかく直した髪をもう一度整え、昨日から用意していたカバンを掴んで外に出る頃には、丁度いいぐらいの時間になっていた。

「あ!伊織くん!」

 僕の耳に届く唯一の澄んだ声が聞こえ、その方を見ると、僕の灰色の世界に珍しく色が差した。

「ど、どうかな?」

 少し恥ずかしそうに首を傾げると、いつも後ろで揺れてる髪は揺れず、頭の高い位置で少し光った。

 よく見てみると、それはいつものポニーテールをお団子にして、それを彩るように挿された髪飾りだった。

 藤沢は僕がまだ見える色である、赤地に黄色の花があしらわれた綺麗な浴衣を着ていた。思わず僕は息を呑んで、彼女の問いかけに反応することができなくて、余計不安そうな表情をさせてしまった。

「い、伊織くん?」

「き、きれい…だよ。似合ってる、し」

 歯切れ悪く藤沢を褒める僕を内心、ダサいと感じる。こんな言葉で喜んでくれるほど、藤沢は単純なわけが―

「あ、りがとう」

 どうやら藤沢は僕が思っていたより単純なようだ。嬉しそうに頬を緩ませ顔を浴衣と同じ色に染めた。

 いつまでもこうしていると、時間がもったいなく感じて、数歩先にいた藤沢に近づいて、白く柔らかい手を取った。

「ぅえ!?い、いい、いお…」

「いいから、早く行こう。その、藤沢との時間が少なくなるの、なんか…や」

 我ながら幼い子供のようだ。言ったあとに羞恥による後悔に襲われていたが、藤沢の嬉しそうな、恥ずかしそうな赤い表情を見れば、そんなこと忘れてしまった。


 祭りの会場である広場につくと、まだ早い時間帯だからかあまり人はいなかった。ただ、人がいないわけではないが、何度耳を澄ましても藤沢の嬉しくてたまらないといった様子のため息しか聞こえない。

 姉さんと来たときは…あれ?うまく思い出せないや。まぁ、別に大したことないだろうしいいか。

「伊織くん!わたあめ売ってるよ!」

服の袖を引かれ、言われた方向を見ると、確かに綿あめが売られていた。浴衣だからか走りにくそうに、屋台に駆け寄ろうとする藤沢が転ばないか不安に思い、早足で追いかけた。

「すいませーん!わたあめ…」

「2つください」

 藤沢の言葉を遮って、わたあめを作っているおじさんに声をかけた。

「―――!―――――――――?――――――――――――――――!」

 楽しそうに豪快に笑う、おじさんが何を言ったのかはわからなかったが、わたあめが大きくなった。それで、おじさんが大体何を言ったのかが察しが付き、少し恥ずかしくなる。

「あ、ありがとうございます!い、伊織くん私も出すからいいよ?」

 頬を上気させ、わたわたとしながら、巾着から財布を出そうとする藤沢の言葉は、今だけ聞こえないことにして、僕はさっさと小銭を渡す。おじさんにお礼を言ってわたあめを受け取って、屋台から離れた。

 近くにあったベンチに二人、並んで腰掛け持っていた綿あめを藤沢に渡した。

「あ、ありがとう…」

 奢ってもらったことへの引け目か、少ししおらしくなった藤沢にふと思い出したことを話した。

「こうやって二人で並んでるとさ、僕らがお試しで付き合い始めたときのことを思い出すね」

 意外なものだったのか、同じことを考えていたからか、藤沢は少し驚いたように目を丸くした。すぐに花が綻ぶように微笑んだ。

「あの日の私はちょっと強引だった。ごめ…」

「僕も!…僕も、少し…かなり強引だった。君が断らないこと、分かって言った」

「…そういえば、なんでそう言ってくれたの?」

「…いや」

「なんで?」

 少し強く問われ、言葉を濁せず…というか僕に隠し事はできないことを思い出した。

 もういいや。

 少し開き直ることにした。

「君が…僕の姉さんに似てたから」

「似てた…?」

 過去形の言い方が少し引っかかったみたいだ。

 あれ?なんで僕今過去形で言ったんだろう…?

 自分が思っているより僕は、隠し事ができないようだ。ただ、過去形になった理由はなんとなく心当たりがあって、考えた瞬間すぐに口からこぼれていた。

「今僕が好きなのは、姉さんに似てると思った君じゃなくて、目の前にいる藤沢だから」

 少しの沈黙の後、恥ずかしくなって口を覆った。いたたまれなくなって、恥ずかしさをごまかしたくて唇を擦った。

 ちら、と横目で藤沢の様子を窺うと、わたあめを顔の前に持って、自分の顔を隠しているように見えた。

 横目をやめて顔を藤沢に向けて、見つめて見るとほんのり、わたあめの端の方が赤くなっているような気がした。それを見てるとなんだか僕もさらに恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まった気がした。

 恥ずかしさをごまかすために、綿あめをつまんで口に放り込むと、少し、甘すぎるような気がした。

変わらず投稿は不定期になってしまいますが、少しでも続きを楽しみにしていただけると嬉しいです。気軽にいいねやブクマ、感想などを送っていただけたら幸いです。

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