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第一章

新連載です!今作もよろしくお願いいたします。今まで以上に1話が長くなる予定なのですが、お付き合いください。

「ねぇ、伊織くん。君って、青色が見えないの?」

 出会って間もない転校生である藤沢夏澄に、人けのない公園になぜか呼び出された。ベンチに二人、並んで座っていると開口一番、そう問われた。僕は幻聴が聞こえたのかと焦った。しかし、それは幻聴でもなんでもなくて実際に彼女が言った言葉のようだ。

「ねぇ、聞いてる?」

 何度も声をかけてくる彼女の声は、聞こえにくくなったはずの耳に明瞭に入ってきた。僕はひどく動揺した。今まで自分と家族と医者しか知らなかったはずのことを、藤沢には簡単にばれてしまったのだ。だが僕は少しでも焦りを隠そうと、努力した。

「は、はぁ?そ、んなわけないだろ。き、今日だって綺麗な青空だろ…」

 僕は嘘が下手だ。嘘をつこうとすると舌がうまく回らなくなり、話を逸らそうとしても必ず失敗に終わる。その証拠に、今日は生憎の曇り空だ。空の青さなんて見えないほど、分厚い雲に覆われている。きっと、言うまでもなく藤沢には簡単にバレた。

 僕は自分の馬鹿さ加減に呆れながら空を見上げて言葉を失った。

 藤沢が指摘している通り、僕は青色が―正確に言えば水色が生まれつき見えず灰色に見えてしまうのだ。今では青系統の色は殆ど見えない。だから上を見上げたりして空の灰色の濃さを確認しない限り、晴れか曇りかの区別があまりつかない。

「やっぱり見えないんだ?」

 確実にばれることを言ってしまったため、言い訳することができなくなってしまった。そもそも僕に言い訳することはできないが。

「…っはぁ。そうだけど、だったらなに?ていうかなんで分かったの」

 今まで誰にもばれてなかったのに、と続けながら不満で口をとがらせると藤沢は、綺麗に縛られた黒く長い髪の毛を、軽く摘まみ上げて見せた。

「私さ、髪青く染めてるんだよね。だいぶ黒に近い色だけど、分かるくらいだからさ」

 ばれた理由は至ってシンプルで、僕が自分からばらしたも同然だった。


▽▽▽


「藤沢夏澄です。両親の仕事の都合でT県から引っ越してきました。自分でも変な時期だとは思いますが、よろしくお願いします」

 夏休み直前の2年C組に季節外れの転校生がやってきた。彼女は女子の平均より少し高めの身長でとてもきれいな顔立ちをしていた。

「じゃあ、藤沢。窓側の後ろから二番目の席が開いてるだろ。そこが藤沢の席だ。みんな仲良くしろよ」

 担任が言った藤沢の席は、僕の前の席だった。藤沢がこちらに近づいて人懐っこい笑みを浮かべて、軽く会釈をしてきた。

「よろしくね。えっと…」

 少し迷うような素振りをする藤沢に、名前を聞きたいのだということを察した。

「…夏目伊織。伊織でいいよ」

「じゃあ、伊織くんで!よろしくね」

 明るい性格の藤沢に対してあまり人と話すことのない僕は、珍しくもっと話してみたいと思った。彼女にはどこか、人を引きつける魅力があるような気がした。だが肝心の話題がなかった。とっさに視線を上に向けると、藤沢のきれいに束ねられた髪を見つけた。それは僕の目には綺麗な黒髪に見えた。

「…綺麗な黒髪だね」

「えっ…?」

 思わず僕が褒めると藤沢はひどく驚いたように声を上げた。そして自身の束ねた髪の毛の先をつまんで見つめ始めた。

 もしかして、言わないほうが良かったのか。

 そんなふうに焦っていると

「ちょっと聞きたいことができたから、放課後時間作って」

 一方的に藤沢が約束を取り付けた。そこでちょうど授業の開始を告げるチャイムが鳴った。


△△△


 良かれと思って言ったことが、かえって僕の首を絞めた。青に染めた髪を綺麗な黒髪だなんて言ったら、そりゃだれだって訝しむだろう。

「伊織くんがきれいって言ってくれたのは黒じゃなくて、青色の髪だけどね」

 藤沢が嫌味に、唇を弧に描いた。僕はなんだかむかついたが、何を言っても藤沢には意味がないだろうと思い、一回諦めることにした。

「で?藤沢はそれを知って何をしたいの?なにかさせるための脅し?」

「えぇ!?違う違う!そんなことするわけないじゃん!ただ…気になっただけ。ごめんね。無理やり聞くようなことしちゃって」

 心外だ、といった様子であっさりと謝罪され、別の意味で再び動揺した。少ししょんぼりとした顔になる藤沢に、慌てて気にしてない旨を伝えた。

「いや、別に気にしてないから…。それに隠してたわけじゃないし…」

「そうなの?」

「うん。黙ってただけだから。話す必要はなかっただけだし」

 僕の言葉に藤沢はやや元気を取り戻したようだ。嬉しそうに微笑んだ後少し悩むそぶりを見せ、躊躇いがちに僕の目を見つめなおしてきた。

「あのさ、もう少し伊織くんの話聞いてもいい?」

 やや上目遣いでこちらを見てくる藤沢に、心臓をつかまれたような感覚があった。その感覚に思わず、えっ?と声を漏らしてしまった。

 こんなの、姉さんにしか思ったことないのに…。

「い、いいけど…。何が聞きたいの?」

 僕もまた、躊躇いがちに口を開いたが、藤沢はとてもうれしそうに表情を明るく染めた。

「えっとね―」

 藤沢の質問は兄弟がいるかや、好きな食べ物、嫌いな食べ物。なんてことないものばかりだった。

 なんだ、そんなことか。てっきり青色が見えないことを聞いてくると思ったから、話さないで済んでよかった。隠しているつもりはないが、自分の口で言うのはあまり気が進まない。

 のんびりと生ぬるい風にあたりながら答えていると、藤沢は少し思案するような表情になりぽつりとつぶやいた。

「伊織くんは、青色が見えないのは生まれつきなの?」

 暗めの声のトーンになったのから察するに、気になっていたが聞いていいのか分からなかったのかもしれない。僕自身、あまり話したい話題ではないが、あえて明るめの声のトーンを作った。

「うん、生まれつき。さっき話した姉さんも同じ青色が見えなかったんだよね」

 彼女の質問には答えたはずだが少し不思議そうな顔をしていた。藤沢は少し唇をかんで、そっか、とだけ返した。

 聞いてきたのはそっちなのに、なんでそんな興味なさげなんだろう。

 藤沢はなにかを思い出したというふうに手を鳴らした―と思ったが合わせただけのようだ。いきなりどうしたのだろうと、不思議に思い藤沢を見ようとしたら彼女が勢いよくベンチから立ち上がって、僕に向き直った。そして少し照れたように顔を赤らめると、僕に片手を差し出してきた。

「あのね、いきなりなんだけど、私ね。君のことが、伊織くんのことが好きです。付き合ってください」

 僕らの間をスッと風が通り抜け、近くで鳴く蝉の小さな声が思考を加速させるように短い間隔で鳴いた。

「…は?えっと?つまりどういうこと?僕らまだ出会ったばかりだよね」

 動揺のまま僕は思ったことをすべて口に出していた。でもこればかりは許してほしい。藤沢の意図が全く分からず、ただ困惑することしかできなかった。

「えへへ、急にごめんね。いきなりじゃ迷惑だよね…。でもね、なんていうんだろ?伊織くんのことを見たときにね。なんか、ぶわってなにかが体の中に広がったんだ。だから、なんか伝えたくて…。あはは、意味分かんないよね〜」

 明るく笑う藤沢が何を言っているのか、僕には全く理解ができなかった。まるで宇宙人と話している気分だ。けれど彼女はどこかとろけるように頬を赤らめ、口元を緩ませていた。

 表情豊かな人なんだな。さっきから同じ表情を見ていない。そういえば、今日の僕はやけに感情の起伏が大きい気がする。

 そんなことを考え現実逃避していると、宇宙人…じゃなくて藤沢がまた何かを言った。

「要するに、私は君に一目惚れをしたんだ」

「は?」

 僕は更に困惑した。

 僕は一目惚れされるような整った容姿はしているつもりはない。なら目の前の宇宙人は何に一目惚れをしたと言っているんだ?

 困惑し続けること数分。

 藤沢は僕に繰り返し謝ってきた。遠くで蝉の声が聞こえる。

「…ほんとにごめんね。やっぱりさっきの話は、なしで。」

「え、ぁうん」

 あっさりと引いた藤沢に僕は少し驚いた。もう少しなにか言ってくると思ったのに。けれど彼女はどこかすっきりとした表情をしていたから、これでもいいのか。とも思った。けれど、どこか惜しい感じもした。

「待って、やっぱり待って」

「…?どうしたの」

「一回、一回だけ。お試しでもいいから付き合いません、か?」

 ほぼ無意識だった。自分じゃない誰かが僕の口を使って勝手に何かをしゃべった。自分でも何を言ったのかの理解が追い付いてくる。言った言葉はもう取り消せない。藤沢の明るくなっていく表情になんだか居心地が悪くなり、僕は気を紛らわそうと唇を指先で擦った。

「え!?いいの!?」

 自分が言った手前、やっぱなし。なんて言えるわけもなく。僕たちはお試しだけれど『恋人』になった。

「これからよろしくね、伊織くん!」

 満面の笑みの藤沢を見て胸がチクリと痛んだ。きっとお試しなんて言った罪悪感だ。けれど、これなら、お試しならいいとも思っている。僕は藤沢と正式に付き合う資格なんて持ち合わせていないんだ。

 近くに止まる蝉の小さな声は、きっと僕のことを嘲笑っている。




 僕たちは公園から帰る前に連絡先を交換して別れたのだが、家に帰るとすでにスマホに通知が来ていた。

【お試しだけど付き合えて嬉しいな!でもいつかお試しなんか物足りないくらいにしてあげるから!伊織くん大好きだよ!】

 二階にある自室に戻りSNSを開くと思いがけないストレートな内容で、少し頬が上気したのが分かった。

「あら伊織、顔赤いわよ。夏風邪かしら?大丈夫?」

 遠くで母さんの声が聞こえたから顔を上げると目の前に母さんがいた。僕は二つの意味で驚いた。

「っ…。か、母さん。いつの間に」

「さっきから呼んでたんだけど、全く反応がなかったからね。で、熱があるの?大丈夫?」

 だめだ。母さんの声が遠くに聞こえる。嘘だろ?さっきまで藤沢の声は鮮明に聞こえていたのに。

 ここまで一気に進んできたのか…?

 慌てて顔を上げあたりを見渡すと、昨日まで…さっきまで灰色じゃなかったものが灰色になっている。

「か、母さん」

「なあに?やっぱりどこか悪いの?」

「ああ、悪いよ。母さんの声は遠くに聞こえるし、青だけじゃなくて、緑も見えなくなったんだよ!」

 変に心配をしてくる母さんにムカついて、声を荒らげた。けれど、母さんに八つ当たりをしたところで何も変わりはしないというのに。僕の言葉で母さんはひどく驚いて顔が白くなったのが分かった。

 僕はいろいろな感情が入り乱れて、複雑な心境だった。

 遂に青以外が見えなくなってしまった絶望と、恐怖と――。


 喜びと。

変わらず投稿は不定期になってしまいますが、少しでも続きを楽しみにしていただけると嬉しいです。気軽にいいねやブクマ、感想などを送っていただけたら幸いです。

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[良い点] こういう話、大好きです。文章も読みやすい。 [一言] 評価星5付けました!完結まで見届けるつもりで応援します!
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