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 来客のない離宮は静かで時間の流れもゆっくりとしている。サンルームで育てている植物を入れ替え、配置替えをしたり、子供用の衣類を整えたり。

 乳母についてはヒューズ夫人に一任し選んで貰った。人柄も重要だが、乳母の政治的立ち位置も気になる。ヒューズ夫人は現国王の乳母の娘だ。彼女に対して無理難題が言えるのは限られている。国王と直接、言葉を交わす事が出来る数少ない女性として知られている。自分の子供の乳母が一貴族に無茶振りされて、従わなければならないという事になってしまったら困る。その辺りも踏まえて選んでもらった。

 雑多な並べ方をしている図書室は気になるし、一度、本職を雇入れ整理すべきだとは思うが、今のところこのままにしておく事にした。

 先代の女主人、国王の生母一人がわざと乱雑に並べさせたとは思えない。何割かは個人的な日記などが含まれているとはいえ、個人所有としては膨大な量だ。

 それなりに理由があるのだろう。

 今読んでいるのは、侍女の日記だ。この侍女は生まれつき言葉を話せなくて、身売り同然に奉公に出て、色々なめぐり合わせから城勤めをするようになり、この離宮で生涯、勤める事になったようだ。

 自分の生い立ち、そしてこの離宮に勤める事になった経緯が記されていて、後年、誰かが読む事を意識しているようだ。

 そのようなものが他にもいくつか確認出来ている。

 もしかしたら中には偽りの、空想の出来事を日記としているのかもしれない。

 判断がつきにくい為、国王の生母、及び関係者と思われるものについては、別で保管し、閲覧出来ないようにしておいた。読んでみたいと思うが、存命中の関係者の不興はかいたくはない。

「妃殿下、ちょっとよろしいでしょうか?」

「なあに?」

「第二王子の乳母が面会を願っておりますが」

「確か、お断りしたのよね?」

「はい、それから三度、お断りしたのですが諦めてくださらなくて」

 珍しい事にヒューズ夫人が弱音らしきものを吐いている。

「わたくしの子の乳母に自分の娘を推薦したい、だったかしら?」

「はい」

「わかったわ。陛下にお願いして、女官長通じて断っておきましょう。政治を分かっていない女の娘など、必要ないもの」

 嫁いできた当初、第二王子の乳母として挨拶にやってきたが、平凡なお顔だとか、愛されなくてかわいそうなどと言っていた。一国の王女が政略でやってきたのだ、こんな時の夫の役割について説く事もしなかったような乳母など、不必要だ。

 ページを捲ると、侍女が休みの日に街へ行った日が記されていた。離宮から出る前と、離宮へ戻った時の身体検査が億劫だと書いてある。中々、厳しい規律があったようだ。

「そうだわ。乳母に正式に決まった方、その方が面倒な事に巻き込まれないように守ってあげて」

「かしこまりました」

 乳母に決まったのは伯爵家の夫人だ。父親も夫も官僚として王宮勤めをしているが、堅実な暮らしをしているようだ。夫婦仲も良好で、出産は三回目。交友関係も問題ない。マリアの考えている乳母として、理想的な女性だ。王妹ローゼの推薦もある。

 あとはこの離宮暮らしに慣れてもらうしかない。




 無事に出産を終えた。

「王子殿下にございます!」

 その言葉にマリアは良かった、と頷いた。

 女ではいけないという事ではない、この先、シュヴァーベンの王子二人はいなくなるのだから、後継者で揉めないよう男児が欲しかった。この国では、女には継承権はない。国王に王女しかいなかった場合は、王女の産んだ男児が祖父の国王の養子に入り、王位を継承する事になっている。

 王家に嫁いだ女の一仕事を終え、マリアは瞼を閉じた。


 目を覚ますと、汗まみれだった体が拭き清められ、新しい寝間着に着替えていた。

「起きたか」

「あら、いらっしゃっていたの?」

 起こしてもらい、水を飲ませてもらった。

「先程、王族への披露目を終えた。名前はオイゲンとなった」

「オイゲン……」

 この国のしきたりとして、新たな王族の出産の際、産気づいたら王家、王族、及びその婚約者が招集され、出産後、すぐに披露目される。待機所としてサンルームを準備していた。

「第一王子並びに第二王子は招集に応じなかった。ちょうど良いから、第三王子として皆には紹介した」

 フェッセンの言葉にマリアは頷いた。

 公には現国王の孫、表にはしない真の王統譜には現国王の第三王子となる子供がマリアの元へ運ばれた。

「あら、わたくしと同じ黒髪なのね。瞳の色は何色かしら?」

「まだはっきりと見てないが、茶色っぽいそうだ」

「あなたと同じ色だと良いわ。綺麗な金色だもの」

「そうか?そなたの緑もよいと思うが」

 まだぐにゃぐにゃとしている赤子を抱くとふぇ、と泣きだした。軽く揺すって落ち着かせる。

「安心なさって。わたくし、長生きして、この子が愚かな事をしでかしたら、きちんと止めますから」

「そなたに任せるのは少し恐ろしい」

「大丈夫ですわ。まずきちんと言い聞かせます」

「それが恐ろしいと、私は思うのだが」

 亡くなった王妃が生きていたら、王子二人が王家の人間として道を外れている事にどう対応するだろうか。

 アンネットに聞いたところ、フェッセンは王子に注意し、言葉を尽くして説得もしていたそうだ。しかし、もう覆らないと諦め、婚約者のシャロンとアンネットの今後について心を砕く事にしたそうだ。

 マリアならばどうするだろう?

 まずは道を外れた王家の人間の行末を言い聞かせてみせようか。

 ちょうど良い具合に今からその道を辿る王子がいるのだから。



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