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散歩に出れば愛人が鬱陶しいし、お茶会でも開こうかとすれば、招いた覚えもないし、親しくもない女がやってくる。普段ならそれらを躱し、時には楽しんでいたが、無性に苛立ってくるので、暫く引きこもっていた。
手紙を書く気分にもなれず、ぼんやりと庭を眺めていた。冬の庭は彩りが少なく寂しいものがある。時折、雪がちらつくが積もる程ではなかった。もし積もってしまえば、離宮によっては外部からの出入りが難しいところもあり、事前に食料を多めに調達しておくよう通達があるようだ。
「珍しいな」
声に振り返れば、フェッセンがいた。
昼間にここにいるのは初めての事だった。
侍女たちがお茶の支度をしていた。
「珍しいとは?」
「物思いに耽っているそなたなど、そうそうない、侍女たちも心配する筈だ」
「まあ、わたくしだって、色々と考える事だってあります」
「そうか」
手招きされ、長椅子に並んで座るとお茶のカップを出した侍女が部屋から下がっていった。
「では里心でもついたか?」
「里心?」
「カールスバーグから手紙がきただろう」
「ええ」
検閲された手紙の内容を知っているのだろうか?
「そなたの心を乱したのは、王太子妃か?モンドバークか?」
「モンドバーク、ではない事は確かですね。彼らはわたくしにとって敵になる事はありませんから」
月の障りが遅れているのか、身籠っているのか、はっきりとした事が分かるまで、落ち着かない。そんな中でのカールスバーグの王太子妃からの手紙は息苦しかった。彼女はマリアが持っていないものを全て持っている。生まれながらのもの、そして努力して手に入れたもの。
夫からの愛と、子供もその一つだ。
初めから愛人のいる男だ。最初から期待出来なかった。
子供を産み、立太子されるまで、マリアの立場というものは不安定なもの。今後、フェッセンが王妃や側室を娶るかもしれない。子供が出来れば、王家としてはそちらを優先するだろう。マリアはあくまでも国王の第二子の妃で、子どもは国王の孫になるのだから。
冷めかけたカップを持ち上げると、果物の甘い香りがした。
「ところで、モンドバークの嫡男はどういう男だ?」
「一言では説明しにくいですわね。手紙のやり取りはしてますけど、もう何年も会っていませんし。面倒見がよくて、配下のものたちから慕われてますわ」
説明しにくい原因の一つは彼の性的嗜好があるからだ。慕われているのは事実だが、次代の侯爵としてというより、色恋沙汰が含まれている。
「男色家だと聞いたが」
「あら、ご存知でしたの」
調べたのか、それとも聞いたのか。カールスバーグではそれなりに知られていて、結婚相手も承知の上だそうだ。
「どのような男が好みなのだ?」
「そんなのわかりません、ええ、華やかな男性遍歴のようですけど」
一人の人とお付き合いをしているようには見えなかった。だが、マリアの知る範囲では揉めている様子はなかった。その辺りうまくやっていたのだろう。
「では、シュヴァーベンの王子はどうだ?気に入ってもらえそうか?」
「え?」
聞き間違えたのかと思った。
「まあ気に入ってもらえなくともよい、好きにしてもらって構わない」
「何を仰って……」
「あのもの達はもういらぬ。この国の邪魔だ」
フェッセンの金色の瞳が歪んだ。
「シャロンはあれから笑うことが減った。アンネットは結婚などしたくないと泣いていた。それなのにやつらは」
マリアはフェッセンの唇に自分の手のひらを押し付けた。
シュヴァーベンの建国王は金の髪と瞳の持ち主だったという。その王の金の瞳に見据えられ、命令されれば、どのような難題であっても受け入れたという。
あの夜、不機嫌そうなフェッセンに要求した夜、金の瞳に睨まれて恐ろしい思いをした。今となってはもう慣れてしまったから、綺麗な瞳だと思うだけだが。
その金の瞳が憎しみにギラついている。
「あなたは自分の王子を処分出来ない事、自分の義娘が泣かされた事が許せないのね」
王弟、王妹共に男子がいて、それぞれ有力貴族の娘と婚姻、もしくは婚約している。飛び抜けて有望とか逆に人望がないというのが全くない。
ないからこそ、王子二人の代わりに養子に迎え入れ、立太子させる事が出来ない。
「約束、します。わたくしがあなたに代わってこの国に不要なものを処分しますわ。安心なさって。それがわたくしの産んだ子どもであっても」
膝の上に乗り上げ、頭を抱き寄せる。
「ためらうかもしれませんけど、約束は守りますわ」